モームもグリーンも案外多いMI6出身作家

レビュー

5
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  • 英国諜報員アシェンデン
  • ヒューマン・ファクター : 新訳版
  • ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ
  • ツバメ号とアマゾン号 上

書籍情報:版元ドットコム

モームもグリーンも案外多いMI6出身

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 サマセット・モームといえば、画家のゴーギャンをモデルとした小説『月と六ペンス』などで知られる作家だが、実は第一次世界大戦当時、英国秘密情報部(MI6)に所属し活動していた経歴の持ち主でもある。彼によるスパイ小説の先駆け的な作品が『英国諜報員アシェンデン』(金原瑞人訳)で、フィクションではあるが本人の体験がベースになっているのは間違いない。スイスのホテルで刑事の訪問を受けた緊張のひととき、洒落こんだメキシコ男性と組まされての道中、二重スパイとの心理戦などが収録される連作集。派手な活劇はなく、むしろ組織の末端の駒として動く姿に現実味と緊張感がある。人間観察の鋭い描写と機知に富んだ会話でもぐいぐい読ませる。

 MI6出身の小説家は案外多く、グレアム・グリーンも有名だ。彼の直属の上司であり、後に二重スパイが発覚したキム・フィルビーをモデルにしたとされるのが『ヒューマン・ファクター』(加賀山卓朗訳 ハヤカワepi文庫)だ。英国情報部に勤務するカッスルは、南アフリカで出会った黒人女性と結婚、彼女の息子と三人で暮らしている。ある時、ソ連に機密情報が漏洩、彼と同僚デイヴィスの二人に疑惑の目が向けられる―。任務上、妻にも秘密を打ち明けられぬまま、選択を迫られていく過程の心理を掘り下げる。ちなみに同じくMI6出身の作家ジョン・ル・カレも、フィルビー事件をモデルにした長篇『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(村上博基訳 ハヤカワ文庫NV)を上梓している。

 意外なところでいえば、児童文学作家のアーサー・ランサムもMI6出身と言われている。『ツバメ号とアマゾン号』(神宮輝夫訳 岩波少年文庫 上下巻)に始まる、アウトドアの名作シリーズの作者である。夏休みに湖沼地帯に出かけた兄弟姉妹四人が、小さな帆船に乗って冒険に繰り出すという内容だが、例えば父親から子どもたちへ宛てた手紙が暗号文だったりと、著者のスパイ活動時の習慣が随所に表れているかも……と思うのは短絡すぎ?

新潮社 週刊新潮
2017年8月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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