【文庫双六】白秋と中学の同期 内藤濯の古典名訳――梯久美子

レビュー

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星の王子さま

『星の王子さま』

著者
Saint-Exupéry, Antoine de [著]/内藤 濯 [訳]/室井 庸一 [著]/長塚 隆二 [著]/Saint‐Exup'ery Antoine de [著]/サン=テグジュペリ [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784003751312
価格
562円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

白秋と中学の同期 内藤濯の古典名訳

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 柳川の伝習館中学で北原白秋と同期だったのが、サン=テグジュペリ『星の王子さま』の翻訳者として知られるフランス文学者の内藤濯(あろう)である。

『星の王子さま』といえば岩波書店で内藤濯訳と相場が決まっていたが、日本における著作権の保護期間が満了した2005年に、ほかの出版社から多くの新訳が出た。どの訳もシンプルで現代的になっているが、やっぱりこの本は内藤訳でなくちゃ、という人は多い。

 かくいう私もそうで、王子の愛したバラの花には「あなたもやっぱり、おばかさんだったのよ」とか、「ちっともこわかないわ」なんていう感じで(小津映画のヒロインみたいに)話してほしいのである。

 その内藤訳の『星の王子さま』がこの夏、岩波文庫に入った。私が最初に読んだのは、現在も版を重ねている1953年初版の岩波少年文庫(2000年に新版が出ている)で、これは挿絵がモノクロだったが、今回出た文庫版はカラーで、印刷も美しい。

 嬉しいのは、内藤濯氏による訳者あとがきが少年文庫よりも長くて詳しいバージョンであること、そして、氏の子息である内藤初穂氏のエッセイ「『星の王子さま』備忘録」が収録されていることだ。

『星の王子さま』はレオン・ウェルトという人物に捧げられており、その人は「いまフランスに住んでいて、ひもじい思いや、寒い思いをしている人」であると作者は書いている。そのウェルトが、ナチス圧政下のフランスにいたユダヤ人の友人であることや、当時の時代背景が、訳者あとがきで丁寧に説明されている。

 初穂氏のエッセイは、当初は別のフランス文学者に翻訳の打診が行ったことや、皇太子妃時代の美智子さまとの縁など、まさに秘話満載。某落語家が自分を「星の王子さま」と呼ぶのをテレビで見て身をふるわせて怒ったというエピソードもあって、70歳で訳したこの物語を、内藤氏がいかに大切に思っていたかがわかる。

新潮社 週刊新潮
2017年8月31日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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