代替可能の世界を変えるものは『塔と重力』上田岳弘

レビュー

4
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塔と重力

『塔と重力』

著者
上田 岳弘 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103367345
発売日
2017/07/31
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

代替可能の世界を変えるものは『塔と重力』上田岳弘

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

 太陽の核融合を加速させた錬金術の果ての世界や、古代から連綿と記憶されている人類史など、既出作でも、神以外には見通せないほどの壮大な時空を、マクロとミクロの視点で縫うように描いてきた上田岳弘。「人類の旅」に興味があるのだろう。この『塔と重力』では、物語は宇宙には飛ばず、時間軸を超えたりもしていないが、現代の東京という地点に重力でつなぎ止められながら、グローバルにつながる世界の、人類の、いまを見つめていく。

 表題作は、17歳のときに阪神・淡路大震災を経験した〈僕〉こと田辺の語りと、再会した大学時代の友人・水上による田辺が主人公の作中作小説を差し挟みながら進んでいく。主な舞台は、震災から20年後だ。初体験の相手になるかもしれなかった美希子とともに地震で生き埋めになり、自分だけが生還した〈僕〉は、〈「小窓」という概念〉を手に入れる。〈小窓〉とは、自分と他人との境界がぼやけ、自分は違う自分であったかもしれないというアイデンティティの不確かさ。人はみな代替可能だという諦念にも通じる。その感覚を象徴しているのがFacebookで、ディスプレイ上の小窓から、世界中の人々の人生の断片を覗いて回り、自分がその人であったかもしれない可能性に思いを馳せ、いいね! を付け合ってつながる。〈僕〉もまたその小窓を通して、バタフライ効果のように、意外な影響を受ける。水上が田辺に女性を紹介するプロジェクト〈美希子アサイン〉によって以前〈僕〉と肉体関係のあった葵とも再会し、いいね!職人のエリック・ボーデンともネットで浅からぬ縁を持つ。

 約75億人が暮らす世界で、自分が自分であることは偶然だけれども、その人生を無二のものにできるのもまた自分だけなのだと気づかせてくれるのだ。

光文社 小説宝石
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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