映画界の鬼才が作家デビュー 小説を書いても断然いける

レビュー

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夫婦の中のよそもの

『夫婦の中のよそもの』

著者
田中 未来 [訳]/エミール・クストリッツァ [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784087734881
発売日
2017/06/05
価格
2,268円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

映画のみならず小説でも、鬼才ぶりを十二分に発揮!

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

「オン・ザ・ミルキー・ロード」が公開中の映画監督の、小説家デビューとなる作品集である。マイッタ!というのが、この作品集を読んだわたしの第一声。映画で毎度すてきな混沌ぶりを見せてくれるクストリッツァという鬼才は、小説を書いても断然いけていたのである。

 そして著者のみならずいけているのが、新鋭翻訳家の田中未来だ。ちなみに、「たなか・かなた」と読む、回文のような名前であります。クストリッツァ流のはちゃめちゃ、ドタバタ、しみじみに、きっちり、悠々と付き合っていて、おみごと。

 本書は、インテリ家庭に育った不良少年を主人公にした連作四篇と、独立した二篇から成る。後者の一篇である「すごくヤなこと」は、自分の住む町のダメダメ加減にうんざりした、鯉と語らう少年〈ゼコ〉と運命の恋の物語。人を馬鹿にして笑いすぎた大佐がひっくり返って医務班に運ばれたり、恋人役の少女が、大量のトマトが階段をごろごろ転げ落ちる夢を見て、ゼコの命を間一髪で救うくだりなど、なんともクストリッツァらしいコマ運びが楽しい。

 この監督の映画に動物はつきものだが、口をきくロバ、謎の蛇、いたずらな蝶、群れる羊たちが出てくる「蛇に抱かれて」は、本書中でも一頭地を抜いている。戦闘の続くヘルツェゴヴィナの村で、牛乳運びをする〈コスタ〉と、兵士の許婚がいる娘との道ならぬ恋。戦勝の報せに村は沸き、帰還した兵士と娘の結婚式が迫る……ここから、普通なら正視に耐えない凄惨な場面が次々と展開するが、つねに生と死は交差し、世界は訳者名のように円環する。円い井戸、巻きつく蛇、螺旋を描いて飛ぶ蝶、円を描いて飛ぶ鳥。後年、コスタは、宇宙も自分自身も円から生まれてきたのではと思う。それでも、明日は全く新しい、人生でただ一度の日になる、と。この境地に至るまでの彼の心の長い旅に読者は思いを馳せ、深い感慨を覚えるだろう。マイッタ!

新潮社 週刊新潮
2017年10月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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