【ニューエンタメ書評】葉室麟『大獄 西郷青嵐賦』、伊吹有喜『彼方の友へ』ほか

レビュー

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  • 大獄 西郷青嵐賦
  • 天翔ける
  • 遺訓
  • ぼくせん
  • 彼方の友へ

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

明けましておめでとうございます。
大河ドラマの主人公・西郷隆盛を描いた傑作から、直木賞候補作など早くも今年注目の作品をご紹介します。
新しい年を迎え、心新たに動き出す日々を、読書から始めてみませんか。

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 二〇一八年は明治維新から一五〇年目であり、この節目を踏まえて企画されたNHKの大河ドラマ『西郷どん』もスタートする。そのため幕末維新ものの歴史小説の刊行が相次いでいるので、まずはその中から傑作を紹介していきたい。

 葉室麟『大獄 西郷青嵐賦』(文藝春秋)は、開国による富国強兵を進める薩摩藩の島津斉彬に見出された西郷吉之助(後の隆盛)が、朝廷、幕府を巻き込んだ政治工作を行った若き日を描いている。斉彬は、福井藩の松平春嶽らと連携して、徳川慶喜を徳川十四代将軍にしようとするが、その前には自らの出世のために徳川慶福を推す井伊直弼らが立ちはだかる。著者は、斉彬急死の裏には直弼とその意を受けた島津家の謀略があった、安政の大獄で追われる勤王僧・月照と入水し、生き残った西郷は奄美大島に流されるが、これは「遠島」ではなく、幕府から身を隠す「潜居」であったなど、新解釈で幕末史を切り取っているので驚きも大きい。

 物語は、奄美大島で斉彬の真意を悟った西郷が、その実現を誓う場面で終わる。西郷の生涯を描くシリーズが、著者の逝去により第一弾だけで中絶したのは残念でならない。

 同じく葉室麟の『天翔ける』(KADOKAWA)は、幕末のキーパーソンの一人、松平春嶽を描いている。本書と『大獄』を読むと、著者の歴史観がより深く理解できるだろう。

 徳川御三卿の田安徳川家に生まれた春嶽は、福井藩の養嗣となり、わずか十一歳で藩主となる。幼い頃から英邁だった春嶽は、水戸藩の徳川斉昭に大名の心得を、薩摩藩の島津斉彬には国際情勢や殖産興業について学ぶことで、開明派の大名に成長する。開国派と攘夷派、尊王派と佐幕派の利害が複雑にからみ血で血を洗う抗争が激化する中、春嶽はどの派の人間も納得できる第三の道を模索し、オールジャパンの体制を作って国難にあたろうとする。世界的に敵と味方を明確に色分けしようとする風潮が強まっているだけに、今の社会に必要なのが、春嶽的なバランス感覚であるとよく分かる。

 西洋を舞台にした歴史小説を得意とする佐藤賢一が、新選組の沖田総司の義兄・沖田林太郎を主人公にした『新徴組』以来、七年ぶりの日本ものに挑んだ『遺訓』(新潮社)は、著者の故郷である山形県(庄内藩)と西郷隆盛の知られざる関係に着目している。戊辰戦争の時、新政府軍と互角に戦った庄内藩は、西郷の取り成しもあって寛大な処分となった。それから庄内藩士は西郷を敬愛するようになり、西南戦争で決起した私学校にも若者を送っている。著者は、林太郎の息子・芳太郎が、西郷の護衛として鹿児島に派遣されたとして、西郷下野から西南戦争終結までの歴史を読み替えている。

 著者は、私利私欲に走った大久保利通ら新政府と、幕末の革命は不十分だったのでもう一度「天道」に沿った国造りをしたいと考える西郷の戦いが、西南戦争だったとする。

 西郷の敗北でその夢は潰え、現代日本は、大久保が作った一部の権力者が富を独占する格差社会になった。西郷が命をかけて後世に残した遺訓を掘り起こす本書は、日本は今後も明治の社会制度を続けるのか、それとも方針を変え西郷の理想に向かって進むのかを問い掛けており考えさせられる。

 幕末を舞台にしているが、角界を追われた力士が、プロレスを思わせる新格闘技を立ち上げる木村忠啓『ぼくせん 幕末相撲異聞』(朝日新聞出版)は、痛快な時代小説である。

 江戸勧進相撲の力士・岩蔵は、勝敗を付けない「預り」にするとの暗黙の約束を反故にした陣幕に敗北。しかも相手の髷を掴む禁じ手も犯してしまう。角界を追放された岩蔵は、行司を辞めた式守庄吉に誘われ、オランダ語の「ぼくせん」から名を借りた新しい格闘技団体を立ち上げる。

「ぼくせん」は、選手を善玉悪玉に分け、事前の筋書きに従って最後は善玉が勝つショーとされている。思い通りにならない人生に鬱屈を溜めていた岩蔵たちが、勝ち負けを度外視した試合をするうち新たな目標を見つける展開は、成果を重視し何でも勝ち負けにわける現代社会への批判に思えた。

 昭和初期、モダン趣味の少女たちに愛された実業之日本社の雑誌「少女の友」だが、戦時色が強まると耽美的な誌面が批判を浴びた。同じ時期を舞台に、「少女の友」をモデルにした「乙女の友」の編集部を描く伊吹有喜『彼方の友へ』(実業之日本社)は、直木賞の候補作になった作品である。

 本書は、家が没落し、進学できなかったことに劣等感を持っている佐倉波津子が、ひょんなことから「乙女の友」編集部で働き始め、個性的な先輩編集者やエキセントリックな絵師や作家に揉まれながら一人前の編集者に成長していくお仕事小説と、時代の風向きが少し変わるだけで自分が愛するもの、大切にしているものは簡単に奪われる可能性があるので、それに立ち向かうためには何が必要かを問う社会的なテーマが柱になっている。現代は、夢を持って仕事をすること、やりがいのある仕事を見つけることが難しくなり、個人の自由を制限してでも「公」に仕えるべきとの圧力も強くなっている。それだけに著者の問題提起が、より身近に感じられる。

 昨年、『駒姫 三条河原異聞』『暗殺者、野風』、〈妖草師〉シリーズの新作『無間如来』を立て続けに刊行した武内涼の『はぐれ馬借』(集英社文庫)は待望の新シリーズである。

 室町中期。印地(石投げ)を得意とする馬借の獅子若は、叡山の有力者の娘・伽耶と恋仲になるが、伽耶の父親の逆鱗に触れ追放されてしまう。伽耶の愛馬・春風を連れて旅に出た獅子若は、馬を探す佐保と出会う。佐保は、本拠地を持たないはぐれ馬借の娘だった。はぐれ馬借と行動を共にすることになった獅子若は、狗神衆との戦いに巻き込まれていく。

 はぐれ馬借は、源義経を助けた功績で与えられた「源義経の過書」によって、関銭を払わずに諸国往来が認められていた。さらに敵であっても絶対に殺さない不殺の掟もあった。これらは、徳川家康が遊郭の吉原に与えた許可状の争奪戦を描く『吉原御免状』、幕府と暗闘を続ける後水尾天皇が、配下の隠密に殺人を禁じる『花と火の帝』など、隆慶一郎の作品を意識した設定になっている。不殺の掟によって、獅子若の戦いはより過酷になるが、それがサスペンスを盛り上げているし、この設定自体が、目的のためなら汚い手段を使っても構わないという現代の風潮への異議申し立てのように思えた。伝奇小説の大家に挑戦状を突きつけたシリーズが、今後どのようになるかにも注目していきたい。

 小松左京『復活の日』、篠田節子『夏の災厄』など、パンデミックを題材にした小説には名作が多い。奈良時代に起きた天然痘の大流行を題材にした澤田瞳子『火定』(PHP研究所)も、直木賞の候補作になった傑作である。

 光明皇后は病に苦しむ民を救うため施薬院と悲田院を建てたが、そこは出世コースから外れた場所で、若き官人の蜂田名代も逃げ出す機会をうかがっていた。新羅使が持ち帰った到来物の市に生薬を仕入れに行った名代は、藤原房前の家令・猪名部諸男が高価な生薬を買い占めるのを目にする。その頃から京では天然痘が大流行し、施薬院で懸命に治療を続ける医師の綱手も手の打ちようがない。その頃、諸男は、偽の神「常世常虫」の札を売る宇須らと行動を共にしていた。

 新羅使が帰国した直後に天然痘が流行したことに目をつけた宇須は、「常世常虫」の札を売るため、天然痘は新羅から持ち込まれたとの風説を流す。宇須が、治療法がない病への恐怖、自身の健康と保身にしか興味がない役人に不満を募らせていた庶民の怒りに火を付けたことで、差別と暴力が新羅の人たち、さらには他の外国人にも向けられてしまう。

 危機的状況が、人の心の奥底や社会の底流に隠されていた差別意識を目覚めさせ、最後は煽動者すら制御できない大暴動へと発展していく。この展開は、明らかにヘイトスピーチの嵐が吹き荒れている現代と重ねられており、誰もが持っている差別や偏見とどのように向き合うかを考える切っ掛けになる。何より人間の醜い一面が徹底的に描かれているからこそ、弱さと不安を抱えながらも、懸命に職責を果たそうとする施薬院の人たちの姿が、胸を熱くしてくれるのである。

 これまでもミステリ的な趣向を盛り込んだ作品を発表してきた鳴神響一が、直球の本格ミステリに挑んだのが、『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(幻冬舎文庫)である。

 何者かに集められた六人が、孤島と、絶壁と塀に囲まれた寮という二重のクローズド・サークルの中で殺されていく展開は、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』へのオマージュだろう。ただ本書では、焼き殺される、刃物で首筋を裂かれる、矢で射られ目をくり抜かれる、首を切断されるなど、殺され方が陰惨かつ不気味になっている。

 容疑者が徐々に減っていく中でのフーダニットも、多彩なトリックを作ったハウダニットも、なぜ被害者が集められ、なぜクローズド・サークルで殺されなければならなかったのかに迫るホワイダニットも完成度が高く、これらを実在の人物を使いながら描いてみせた著者の手腕は脱帽ものだ。文治郎の謎解きが終わった後、犯人の視点で物語が再構築されるところは、エミール・ガボリオ『ルルージュ事件』のような十九世紀のフランスのミステリを思わせる楽しさもある。

 死神のような容貌をした乙姫警部が、用意周到に実行された殺人事件のミスを暴く倉知淳の『皇帝と拳銃と』(東京創元社)は、倒叙ものの連作集。コンビの作家が、犯人が絞り難いシンプルな方法で相棒を殺し、数々の偶然も犯人に味方する「運命の銀輪」は、乙姫がシンプルな推理で謎を解く展開が見事。反対に、緻密に構築された殺人の計画を描く表題作は、純粋なロジックだけで犯人を追い詰めていく展開が面白い。「恋人たちの汀」は、分かり易い伏線を意外な形で謎解きに繋げる手並みが鮮やかだった。作中には、倒叙ものの名作『刑事コロンボ』へのオマージュがちりばめられており、コロンボのファンはそれを探しながら読むのも一興である。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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