四度の国籍変更 五十歳からの再スタート

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四度の国籍変更 五十歳からの再スタート

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 五十歳で、人生をゼロから再スタートさせるのは容易なことではない。まして、それが異国の地とあっては尚更である。本書が描くのは、日本人「山川阿倫」として生涯を終えた一人のユダヤ人が辿った数奇な人生である。

 本名はアーロン・メロン。一族は、曾祖父の時代にポーランドからルーマニアに移住してきたユダヤ人で、彼の両親は、ルーマニア第五の商業都市クラヨーヴァで繊維関係の大店を営んでいた。しかし、一九三四年にドイツにヒトラー政権が誕生し、ルーマニアに住むユダヤ人への圧迫も強まった。一九三九年、十八歳になった彼は叔父の勧めで、単身パレスチナへ脱出する。叔父は筋金入りのシオニストで、当時まだ英国委任統治領だったテルアヴィヴに地所や不動産を持っていたからである。ハイファ工科大学に入学したが、一九四一年に英第八軍に志願。北アフリカでは、エル・アラメインの戦いで「砂漠のキツネ」ロンメル元帥率いる戦車軍団と戦った。一九四八年のイスラエル建国にともないイスラエル軍に入隊、結婚し二人の娘をもうけた。しかし、一九六二年、パリで香水店を営む妹に請われて渡仏し、この店で二十歳ほど年下の山川和子と運命の出会いを果たすことになる。

 そして、一九七〇年、五十歳になった彼は、日本に帰国していた和子を追って羽田に降り立った。たった一つのスーツケースが財産の全てだった。妻と離婚後、和子と最初に住んだのが麹町にあった三〇〇坪もある初代中村吉右衛門が住んでいたという大邸宅。和子は、当時日本ではまだ珍しかった個人輸入の会社を立ち上げた。二人は西洋雑貨を買い付けにヨーロッパ各地を訪ねるが、ベルギーで見つけた華麗な「シュニール織り」の布が二人の運命を決定づけることになる。ドイツのフェイラー社が手がけるこの布は女性達の人気の的となり、独占販売権を得た二人の会社は事業を拡大していく。彼が「山川阿倫」として日本国籍を取得したのが一九八七年、来日してから十七年の歳月が経っていた。そして、二〇〇五年に会社をM&Aで譲渡。東京で病気入院中に東日本大震災に遭遇し、和子の実家がある姫路に避難、その地で九十一歳の生涯を閉じた。

 彼は国籍を四度変え、日本の不合理な企業風土に抗って、異国での事業を成功させた。更には手がけた企業を、最善の機を見て手放した。まさに当人のモットー「後悔しない、信念を持つ」を貫いた人生といえる。

 本書は波瀾万丈の伝記といえるが、著者も書いているように起業家に向けた「ビジネス書」としても読むことができる。また、ユダヤというかつて流浪を強いられた民が、過酷な歴史のなかで培ってきた人生哲学についても多くのことを教えてくれる。(ライター・山村杳樹)

新潮社 新潮45
2018年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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