[本の森 医療・介護]『破滅の王』上田早夕里/『鍼灸日和』未上夕二

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破滅の王

『破滅の王』

著者
上田早夕里 [著]
出版社
双葉社
ISBN
9784575240665
発売日
2017/11/21
価格
1,870円(税込)

鍼灸日和

『鍼灸日和』

著者
未上 夕二 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041057186
発売日
2017/11/30
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 医療・介護]『破滅の王』上田早夕里/『鍼灸日和』未上夕二

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

一九三一年、上海自然科学研究所が開所した。日中共同で研究活動を行うことを目的とした施設であったが、両国の関係はもはや取り返しがつかないほどに悪化していた。同年、哈爾濱(ハルビン)の南・拉林(ロウリン)にも秘密裡に建設された施設があった。それを指揮していたのは石井四郎、後に日本軍における細菌戦研究の第一人者となった人物である。

 上田早夕里『破滅の王』(双葉社)は、第二次世界大戦における生物兵器開発に焦点を当て、人類の救済のために在るべき科学者や医師たちが、悪魔の研究に手を染めてしまったときの苦悩を描いた力作だ。

 一九四三年六月、上海自然科学研究所において防疫のための細菌研究に従事していた宮本敏明は、日本総領事館からの呼び出しを受ける。彼に手渡されたのは、驚くべき研究資料だった。猛烈な毒性を持つR2v(キング)と呼ばれる新種のバクテリアが発見され、まだ治療法は確立されていないという。危惧すべきことに、上海自然科学研究所から失踪した人物がその菌株を持ち出している可能性があった。

 一九四〇年代の国際情勢、目的のために進んで人体実験を行ったとされる石井部隊の影などが背景に配され、緊張感のある物語が進んでいく。描かれるのは残酷な情景だが、医学者の矜持についての物語であるともいえ、後味は決して悪くない。細菌戦の恐怖に怯えながら読み切った。

 もう一冊は、まったく読み心地の違う家庭小説をお届けしたい。未上夕二『鍼灸日和』(KADOKAWA)である。題名からお判りの通り、東洋医学を題材にした病気小説だ。

 西川道隆の右膝が突然痛み出した。彼は陶磁器メーカーに就職して二年目になる営業社員だが、取引先のスーパーから冷たくされたり、生意気な後輩社員との関係がうまくいっていなかったりといった事情もあり、最近は深夜のスナック菓子馬鹿食いが唯一のストレス発散法になっていた。そんな道隆が、祖問(そもん)鍼治療院の扉を叩いたことから状況は一変していく。治療院を経営する祖問は人を小馬鹿にした喋り方の男だったが、彼に鍼を打ってもらったとたん、悲鳴を上げ続けていた道隆の膝は劇的に快方に向かい始めたのだ。さらに祖問は、驚くべきことを口にする。

 道隆、その姉で家事手伝いの道瑠、単身赴任の父・大介、結婚して家を出た次女・愛理と、視点人物を替えながら物語は展開していく。祖問は鍼によって血液の流れを元に戻すだけではなく、西川家の人々の心中にわだかまった思いをも吐き出させるのである。一家が行き詰ってしまった原因は、実は単純なところにあった。それが明らかになる最終章は意外な展開だが、同様の悩みを持つ人々にとってはいいヒントにもなるだろう。読み終えたとき、気持ちが幾分軽やかになっているのを感じた。

新潮社 小説新潮
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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