梶よう子・インタビュー 浮世絵に抱く思いや創作のエピソードを語る〈摺師安次郎シリーズ第2弾刊行記念〉

インタビュー

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父子ゆえ 摺師安次郎人情暦

『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』

著者
梶 よう子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413176
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

梶よう子・インタビュー 浮世絵に抱く思いや創作のエピソードを語る〈摺師安次郎シリーズ第2弾刊行記念〉

[文] 角川春樹事務所

梶よう子
梶よう子

安次郎が帰ってきた! 『父子ゆえ』は、浮世絵の世界で摺師として生きる男を主人公とした物語の第二弾。待望の続編刊行である。著者の梶よう子は、本シリーズで市井に生きる人々の姿を優しい目線で描くとともに浮世絵の新たな魅力も提示したが、この物語が端緒となり、以後浮世絵を題材とした作品を次々と手掛けるようになっている。浮世絵に抱く思いや創作のエピソードなどを伺い作品の魅力に迫る。

 ***

――『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』はシリーズ待望の第二弾。前作『いろあわせ』の登場が二〇一〇年ですから、本当に心待ちにしていました。

梶よう子(以下、梶) 「ランティエ」で不定期に連載していたものをやっとまとめることができました。とはいえ、少し時間が掛かってしまいましたね。

――その間には直木賞候補になった『ヨイ豊』や『北斎まんだら』など、安次郎と同じく浮世絵の世界で生きる人々の作品も書かれています。浮世絵は梶さんにとって大事な題材となっているように感じますが、興味を持たれたのはいつ頃からでしょうか。

梶 最初の出会いは永谷園(笑)。お茶づけ海苔に歌川広重の東海道五拾三次のカードがおまけで付いていて、子ども心にもなぜだか集めたくなって。家にはさまざまな画集などがあってそこに収められていた浮世絵も見ていたし、身近なものではありましたね。ただ、きちんと見るようになったのは学生時代で、美大に通っていた当時、図書館にあった浮世絵の雑誌を手に取ってからです。

絵というものに対する美意識を、日本では一般人が持っていた。

――子どもの頃に見た浮世絵とは違うものとして映ったのでしょうか。

梶 違いましたね。学生時代に見たのは豊国や国貞などで美人画が多かったですから、浮世絵といっても風景画だけでなく、いろいろあるんだなぁと。私、西洋画が好きだったんですよ、たぶん。西洋の絵画は光と影を使い分けて陰影を生み出していますが、日本のそれにはない。だから、西洋のほうが上なんじゃないかと思っていたところがあったんです。でも浮世絵を知って変わりました。浮世絵は陰影をつけなくても線だけですべてを表している。その技術の高さ、本当にいなと実感しました。

――近年は浮世絵が西洋絵画に与えた影響が再認識されていますね。

梶 ジャポニスムブームは嬉しいですよね、私が描いたわけじゃないんだけど。

――わかります。同じ日本人として誇らしく感じます。

梶 その誇らしいという部分を、私たちはもっと持っていいと思うんです。サロン文化だった西洋絵画に対して、浮世絵は大衆文化。誰もが手にでき、若い女性も大好きな役者の絵が出ればこぞって買ったり。絵というものに対する美意識を、日本では一般人が持っていたんですよね。

――残念なことに明治時代になり浮世絵は廃れてしまいますが、北斎や広重などのビッグネームは今日でも皆が知るものです。

梶 絵師の名前は残ったけれど、摺師が脚光を浴びることはほとんどありませんでした。浮世絵を作る際にはまず版元が決まり、次いで絵師、そのあと彫師という順番もあって仕方なかったんですけど。そんななかで、たまたま「おまんまの安」という通り名を持つ摺師がいたことを知り、生まれたのが安次郎であり、この物語でした。

――摺師という視点がとても面白く、浮世絵の見方も変わるほど新鮮でした。

梶 私、絵師を書く自信はなかったんです。でも摺師には興味があったので勉強を始めて、実際に馬連を握って摺りの体験もして、浮世絵がどう出来上がっていくのかを知ることができました。摺りという最後の工程から作品を見ていたわけですが、そのうちに、では最初に絵を描く絵師は、何を思い考えて描いていたんだろうという視点も徐々に持てるようになってきて。それが『ヨイ豊』などの作品に?がっていったと思いますが、すべては安次郎がきっかけですね。

――現在へと続く創作の重要な起点ともなった安次郎ですが、今作『父子ゆえ』では随分と変わったように感じます。何事も静観するタイプだと思っていたら、持ちかけられた腕競べに乗るなど意外な行動をして。

梶 前作『いろあわせ』は、摺師という職人を前面に押し出した一種の職業小説だったと思いますが、今回は、摺師という職業を持つ男の話、いわば“人間・安次郎”を描きたかったんですね。前作から一年ほどったあたりの設定で書いていますが、その一年で安さんも変わりました(笑)。

日々大変だけど頑張っている、そんな人間の姿を小説を通して書きたい。

――物語も大きく動き、中でも大きな変化は、亡くなった妻・お初の実家に預けていた一人息子の信太を引き取ることです。

梶 安次郎は子どもの頃に火事で家族を失っています。お初ちゃんと結婚してやっと自分の家族が持てたのに、それもなくなってしまって。家族というものと縁の薄い人間なんです。それが安次郎自身の中でも、何か足りないものとしてあったのではないかと思います。摺りでいえば、何か摺り忘れてしまったような。それを埋めてくれるのが信太という色ではないか。そう思い始めて、自分は父親なんだと自覚する流れにしています。

――しかし、信太にとっては試練というか、父親と暮らせるようになるきっかけが利き腕の右手に大きなけがをするという展開で……。

梶 信太には大変申し訳なかったのですが、安さんのためでした。たぶん、彼は何かがないと気付かなかったかもしれないんです。実は私もそうなんですよ、アクシデントがないと肝心なことには気付けないという(笑)。信太がけがをしたことは、この親子にとって乗り越えなければならないものとして作っているつもりですが、どんな人にも何かは必ず起こります。その大きさに差はあっても、クリアして、折り合いをつけながらみんな生きている。けっして非日常ではないんです。私は日々大変だけど頑張っている、そんな人間の姿を小説を通して書きたいと思っています。

――読んで共感できるのは、そうした人々の姿があるから。それにしても、安次郎に梶さんが投影されていたとは驚きです。

梶 う?ん、安次郎の天然ぶりと私の場合はちょっと違うような気もしてきた(笑)。私は能天気な、おボケですしね。安次郎は苦労人で寡黙で断然カッコいいですから。

――安次郎にはまだ見ぬ一面があるようですが、今作は目の離せない魅力的なキャラクターも増えましたね。渡りの新吉とか。

梶 新吉は使い勝手が良かったですねぇ。書いているうちにどんどん図々しくなっちゃって、前からいたように振る舞って、“よっ”と出てきちゃう(のれんをくぐる真似をしながら)。こんなに出る予定はなかったんですよ。

――今風に言えばチャラい感じで(笑)。

梶 そうそう、そういう感じ。現代人っぽいですよね。でも、摺師としての腕は確かですからね。あとね、女によって態度を変えるんですよ、新吉は。年上の女、例えばお利久さんには少し甘えるような感じで接するのに、若い女の子には、“俺ってさぁ?”とちょっと上から行く。まぁ、想像ですけど。

――直助(安次郎の兄弟弟子)が普通にいい人に見えてきました。

梶 前作では彼がいい味出してたのにね。直助、ピンチ! おちかちゃん(片思いの相手)となんとかしてあげたくなってきた。

――ちなみに、梶さんが好きなキャラクターは?

梶 私が惚れるのは彫師の伊之助。カッコいいんです。彼は、彫師から見た摺師、あるいは絵師というものも一緒に伝えられたらなという思いも込めて書いたつもりです。

――プロフェッショナルな彼らが手掛けた浮世絵をぜひとも見てみたいです。

梶 はい、私も。

――さて、このシリーズが始まった頃はデビュー三作目という時期でしたが、今では作家生活も十年が経とうとしています。振り返っていかがでしょうか。

梶 一言で言ってしまえば、あっという間でした。とにかく書きたいという思いがあって、夢中で書きたいものを書かせていただくことができました。でも、考え込んでしまう時期もありましたね。小説を読んでもらうということは読者の方の時間をいただくわけですから、その間は物語の楽しさを感じてほしい。そのためにはどう書けばいいのか、何が完成なのか。書いても書いても納得できなくて。苦しく感じながらも、それでも書くことが好きだから、やっぱり書くんですけど(笑)。本を読んでいる時間って愛おしいじゃないですか。書き手となっても、その思いは変わらずに届けていきたいと思っています。それと、個人的なことで恐縮ですが、葉室麟先生に帯ネームをいただけたのが、すごく嬉しかったですね。けれど、昨年末に急逝され、そのお礼がいえないままになってしまったのが、とても心残りです。同じ時代物の書き手として、創作に臨む姿勢も尊敬していましたし、松本清張賞受賞者の先輩でしたので本当に寂しく、悔しくてたまりません。安次郎の第二弾を上梓できた喜びはありますが、葉室先生から頂戴した言葉も宝物です。そうした意味でも私の大切な一冊になりました。

インタビュー=石井美由貴

角川春樹事務所 ランティエ
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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