【自著を語る】もうひとつの世界――高山文彦『宿命の戦記―笹川陽平、ハンセン病制圧の記録―』

レビュー

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宿命の戦記

『宿命の戦記』

著者
高山 文彦 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093798990
発売日
2017/12/13
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

もうひとつの世界

[レビュアー] 高山文彦(作家)

高山文彦
高山文彦

 この本は日本財団会長・笹川陽平氏の生涯をかけた取り組みである世界各地でのハンセン病制圧活動を描いたものです。日本国内ではほとんど伝えられてこなかったため、知る人も少ないでしょう。私は二〇一〇年から足掛け七年間、同氏に同行し、二十か国を旅しました。インドの貧しいコロニーだったり、アフリカの熱帯雨林だったり、ブラジルのセラード(乾燥)地帯、太平洋赤道直下の島であったりと、ふつうの旅行者ではとても行けそうもない辺境地帯が主要フィールドです。
 長い時間がかかりましたが、この本を書いてよかったと思います。
 ハンセン病というと、いまの日本人にはピンと来ない人が多いでしょう。世界各地にはまだまだ苦しんでいる人たちが多く、発見されずに病状を悪化させる人たちがいます。私はブラジルやキリバスで、たったいまこの病気であると診断される人びと(それは一家全員の場合もありました)に出会い、悲しみの素顔をまなこに焼きつけてきました。
 聖書や仏典などで神罰や仏罰のあらわれとして語られてきたので、きびしく差別され、社会から離れた場所で生きる人たちが数多くいる。それぞれの土地で私が見つけたのは、人間というものはどんな状況に投げ込まれても、生存するためにある秩序をつくり懸命に努力するものだ、というシンプルな真理でした。そして差別されていればこそ、家族と隣人を愛し、助け合って生きている。その姿は羨ましいと思えるくらい感動的でした。現代の世界秩序を形成する国家群とは別の、「もうひとつの世界」のうごめきが濃厚に感じられたのです。
 この本の最終章に書いたバチカンでのシンポジウムに、その「世界」のありさまが一挙にあらわれます。世界各地から集まった元患者や支援団体の叫ぶような声によって、こんにちの世界秩序をつくりあげてきたキリスト教文明の矛盾があらわとなり、「死の影の谷」に投げやられてきた「もうひとつの世界」の者たちから“許し”の声が聞かれたとき、少し大袈裟に言うならば、この人たちは「歴史を超えた」と私には思えました。
 笹川氏が取り組んできたのはハンセン病制圧だけではありません。人類史に深く刻まれてきたハンセン病者(患者および回復者)にたいする差別の烙印はかなり根が深く、彼は国連に働きかけ全加盟国から差別撤廃決議案への賛成をとりつけ、具体的な差別撤廃への取り組みを各国政府に指示するガイドラインをあわせて決議させました。彼は特効薬(はじめて同氏によって無料で世界中の患者に配布されるようになった)がきちんと患者に届いているか、どんな遠隔地であろうと自分で確かめに行くばかりでなく、国連決議をもって各国政府に差別撤廃と生活改善を求め、フランシスコ教皇が三度にわたる差別発言をすればそのたびに抗議し、これによってバチカンでのシンポジウムが成立したのです。
 キリストはハンセン病者を治癒に導いたのかもしれません。ですが、差別からの解放までは実践しなかった。ガンジーもマザー・テレサも同様です。私は現場で奇跡を見るような思いでした。このような日本人がいることを、ぜひ知ってほしいと思います。

小学館 本の窓
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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