軽妙にして深遠、 明朗にして哀切な快作 『近松よろず始末処』築山桂

レビュー

6
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近松よろず始末処

『近松よろず始末処』

著者
築山 桂 [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591156940
発売日
2018/04/06
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

軽妙にして深遠、 明朗にして哀切な快作 『近松よろず始末処』築山桂

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 こう来たか、と思わず膝を打った。
 何がどう来たのかは後述するとして、まずは紹介を。

「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズや「浪華疾風伝あかね」シリーズなど、大坂が舞台の時代小説を書き続けてきた築山桂。最新作の舞台は元禄文化真っ只中の大坂だ。
 ごろつきの虎彦が、ケンカで半死半生だったところを近松門左衛門に助けられ、花売りの仕事と長屋を世話される。ただの親切と思いきや、実は虎彦を門左衛門の裏稼業に引き入れるのが目的だった。
 裏稼業とは万始末処(よろずしまつどころ)──悩める人の依頼を受けて、人捜しや厄介ごとの解決を請け負う仕事である。つまりは、元禄浪華近松探偵事務所だ。元締めの門左衛門の他に、少将と呼ばれる正体不明のイケメンと、そこらの人間より賢い犬の鬼王丸がいる。さらに、竹本座(門左衛門が座付作家となる劇場)でからくり細工を修業中の少女あさひが武器の仕込みを手伝うことも。
 有名作家、謎のイケメン剣士、からくりオタク、可愛く賢いワンコ、ごろつき上がりではあるが真っ直ぐな主人公という、水も漏らさぬ豪華キャストで難事件に挑む様子が連作形式で四話、収められている。

 第一話は、お犬様を殺めた科(とが)で切腹させられそうな同心を助けてほしい、というもの。その同心は奉行所が握りつぶした殺人事件を単独捜査していたところ、暴れ犬に襲われたのだと言う。果たしてその真相は。
 第二話は仇討ちだ。江戸からはるばるやってきた若者とその養父母。仇討ちのため出奔して十年になる兄が大坂にいるらしいので捜してほしい、という依頼。
 第三話は幽霊騒ぎ。とある料亭に、井原西鶴の幽霊が出るという。門左衛門とは旧知の間柄らしい商人が、西鶴を利用する商売許すまじと、幽霊退治を頼んでくる。
 そして第四話では、虎彦がかつてのごろつき仲間、九平次と再会。九平次は天満屋の遊女・お初に入れあげているのだが、お初には徳兵衛という馴染み客がいて……。

 あれ? お初・徳兵衛? 九平次?

 そう、この第四話は有名な『曽根崎心中』がベースになっている。さらに言えば、第二話の仇討ちは元禄十五年が舞台。元禄十五年の仇討ちといえば、もちろんアレだ。他にも第一話は悪名高い生類憐みの令がモチーフだし、第三話は井原西鶴という同時代の文人を通して上方文化の裏側を描いたものと言える。
 つまり本書は、魅力的なメンバーによる一話完結の楽しいミステリであると同時に、上方の人々にとって元禄とはどういう時代であり、それをどう近松門左衛門が見ていたのかという物語でもあるのだ。

 そこで話は冒頭に戻る。

 こう来たか、と私が思ったのは、常々近松門左衛門の作風の変化について気になっていたからだ。
 近松門左衛門の名を世に知らしめたのは曽我兄弟の仇討ちの後日談を描いた『世継曾我』と平家滅亡後も源氏を付け狙う『出世景清』だが、これらはいずれも古典に題材をとった時代物だ。当時の浄瑠璃はこういった時代物を舞台にかけていた。
 ところが元禄十六年(一七〇三年)、門左衛門はかつてない斬新なテーマを浄瑠璃に持ち込んだ。『曽根崎心中』である。それまでの時代物とは異なる、世話物と呼ばれる現代が舞台の物語だ。しかも実際に起きた事件を題材にした。ここから門左衛門は、まるでワイドショーのように、あるいは事件もののノンフィクションノベルのように、まだ世間の記憶も新しい事件を次々と物語にアレンジし、発表していくのである。『心中天網島』も『女殺油地獄』も『冥途の飛脚』も、すべて実際の事件がもとだ。
 それらの作品の根底には、ただの野次馬目線ではない、義理と情と欲の狭間で翻弄される人間悲劇のリアルがある。それが近松作品が平成の現代まで残っている理由でもあるのだが、古典の焼き直しからリアルな人間ドラマへの転換がどのようになされたのかは謎だった。
 門左衛門には歌舞伎作者として世話物を書いていた時期があった、ということがきっかけではあったろう。だが傾城買い(遊女もの)が主体だった歌舞伎と比べ、浄瑠璃作品は殺人事件から悲恋もの、経済ものまで実に幅広い。その題材をどこからとり、そこから何を得て、どのような思いで浄瑠璃に昇華したのか──。

 その答が本書にあるのだ。それは換言すれば、作家が創作に何を込めるかというテーマでもある。
 そう思って本書を読み返すと、第一話と第二話は武士の理屈に翻弄される町人の話であり、第三話は商売や文化に携わる者の話であり、第四話は物語を作る者の矜持についての話であることに気付くだろう。
 虎彦を主軸に読めば、本書は個性的な登場人物たちが織りなすエキサイティングにして滋味豊かなミステリだ。だがイケメン少将に萌えたり、あさひの幼い恋に頬を緩ませたりしながら、読者は知らず知らずのうちに元禄上方の町人たちのリアルに触れていく。同時に、それを見つめる作家・近松門左衛門の思いに触れていく。築山桂はそこまで計算している。

 軽妙にして深遠。明朗にして哀切。それがこの『近松よろず始末処』である。そしてそれは近松門左衛門の世話物に通じる魅力でもあるのだ。

ポプラ社
2018年4月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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