『水田マリのわだかまり』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『おまじない』
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[本の森 恋愛・青春]『水田マリのわだかまり』宮崎誉子/『おまじない』西加奈子
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)
宮崎誉子氏の5年ぶりの新刊『水田マリのわだかまり』(新潮社)。表題作は十代の女子が主人公だが、青春小説と呼ぶにはさわやかさに欠ける1冊だ。
高校を3日で退学し、巨大洗剤工場でパートとして働くマリ。娘の学費を宗教につぎ込んだ母と競馬狂いの父に悩まされ、見た目は悪くないが頭は悪そうな彼氏は金を無心してくる。工場では機械の一部のように扱われ、毎日が危険と隣り合わせだ。長年勤務する非正規雇用の女たちは日頃の鬱憤をストレートにぶつけてくる。「やけくそモード」だけど感性豊かなマリが発する言葉と、リズミカルな文体が魅力的だ。救いの見えない状況を必要以上に重苦しくさせない力がある。
適度な自己主張能力と生真面目さのあるマリはなんとか仕事をこなし、良識ある優しい祖父母のおかげで暮らしは安定している。日々考えてしまうのは、いじめで自殺した中学の同級生のことだ。たいして親しくなかったのに「マリちゃんは優しい」と言って命を絶った美輪。その姉は生保レディとして職場に出入りし、美輪を追い込んだリカの母親はマリの同僚で、やけになれなれしく接してくる。関係者たちが集い、ギリギリのところで本音をぶつけ合うシーンが衝撃的だ。
どんなに悔やんでも取り返しのつかないことが人生には起こる。全てを抱えたまま、やり直すしかない。治りかけの傷を引っ掻かれ、その上から勝手に絆創膏を貼られたような読後感は決して気分の良いものではない。だけど、こういう小説を私はずっと読みたかったのだ。
西加奈子氏の短編集『おまじない』(筑摩書房)は、思春期以降の女性には押し付けてでも読んでほしい1冊である。
最初の短編「燃やす」の主人公は小学生だ。お洒落なおばあちゃんが女の子らしい服装をさせたがる一方で、「はすっぱ」なお母さんはそれを嫌っている。ずぼんを穿いてガキ大将のように振舞っていた主人公だが、病気のおばあちゃんを喜ばせたくてスカートを穿くようになる。そんなある日、事件が起こる。
女の子であることで嫌な思いをしたり、自分が女の子らしくなっていくことにためらいを覚える感情は、多くの女性が経験しているものではないだろうか。そんな心の動きが鮮明に描かれて、孫に可愛らしくしてほしい祖母の気持ちや、娘を心配するあまり抑圧してしまう母親の切実さも伝わってきて苦しい。
主人公たちは周囲の人々の望む自分でいられなくなったり、前に進めなくなったりするが、意外な人物から告げられる一言に、新たな力を得る。その言葉は、かつて女の子だった私にも大切なものをもたらしてくれた。温かい短編集である。