『くたばれ地下アイドル』
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[本の森 仕事・人生]『5時過ぎランチ』羽田圭介/『くたばれ地下アイドル』小林早代子
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
装丁がとびきりポップな『5時過ぎランチ』(実業之日本社)は、羽田圭介の持ち前のゲスさはそのまま、エンタメ回路を完全解放してみせた短編集だ。
タイトルの意味は、第一編の主人公のモノローグで明らかになる。〈もう午後五時になる。今日もまだ、昼休憩に入れていない〉。全三編の主人公は、ガソリンスタンドの店員、殺し屋、週刊誌記者。彼らの共通点は、「ブラック」と呼ばれても仕方ない労働環境にいることだ。主人公たちの職場や職業のリアリティを純文学的濃度で描き出す、「お仕事小説」としてまずは楽しい。例えば、ガソリンスタンドのピットの床を、絶対に綺麗に保たなければいけない理由は、〈油で汚れた床の上を歩いた従業員の安全靴が、まず汚れる。次にピットの外、汚れた靴で踏まれた箇所すべてが汚れる。(中略)ピットの床が汚れれば、すべてが汚れる〉。殺し屋が殺害方法に「溺死」を選ぶ理由は、〈水は証拠を洗い流す〉。週刊誌記者が家賃の高い中目黒に居を構える理由とは、〈有名人たちが多く住む街に住んでいれば、それだけ有名人たちを見かける機会も増える。(中略)毎週迫る締め切りとネタ出しのプレッシャーから逃れるには、プライベートでもネタを探すしかない〉。当の職業従事者がどう判断するかは分からない。だが、読み心地はとことん、ぶっちぎりにリアルだ。しかも三編は「犯罪小説」でもあるのだ。主人公たちがどのように犯罪に巻き込まれ、時に手を染めることになるのか。羽田圭介の「純文エンタ」のこの路線、ぜひ継続してほしい。
このところ一気に盛り上がってきた「アイドル文学」の中で、R-18文学賞読者賞を含む小林早代子のデビュー短編集『くたばれ地下アイドル』(新潮社)は、とびきりの個性を放つ。冒頭収録の受賞作=表題作は、男性の地下アイドルグループ(「簡単に会いに行けるアイドル」)に所属している平凡な高校生と、同級生の女の子との歪んだボーイ・ミーツ・ガールだ。「拘束時間は長いけど、時給に換算したら僕なんかコンビニのバイト以下かもしれない」。少年の一言が、アイドルとは「仕事」であるという側面に光を照らす。第三編「君の好きな顔」では、ファン目線にスイッチ。男性グループのメンバーを推す新人OL一年生から、名言が発される。「瀬尾くんがメンバーと楽しそうにじゃれてる動画見ると、微笑ましいより先に、友達と仕事できんのが羨ましいって気持ちが先に立つ」……その視点はなかった!
なぜ多くの人々がアイドルを見つめているのか。アイドルの「仕事」を目撃することで、自身の「仕事」観を検証し磨き上げるためではないか。アイドルという存在に一瞬でもぐらっと来たことのある人なら断然読んでいただきたい、大大大傑作です。