いつも親子は“真剣勝負” ジェーン・スー×しまおまほ

対談・鼎談

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生きるとか死ぬとか父親とか

『生きるとか死ぬとか父親とか』

著者
ジェーン・スー [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103519119
発売日
2018/05/18
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『生きるとか死ぬとか父親とか』刊行記念対談】ジェーン・スー×しまおまほ いつも親子は“真剣勝負”

[文] 新潮社

しまおまほさんとジェーン・スーさん
しまおまほさんとジェーン・スーさん

父と、20年前に他界した母のことを書いたジェーン・スーさんと、『マイ・リトル・世田谷』などで家族のことを綴ったしまおまほさんが、腹を割って親と子の関係について語ります。

「ひとり娘」の苦悩

スー しまおさんと私の共通点は、ひとりっ子であることですね。うちの両親は放任主義でしたが、それでも常に四つの目で監視されていた記憶があります。ひとりっ子って、どうしても親子の密度が濃くなりませんか?

しまお そうですね。しかも、うちは両親とも私と近い仕事をしているので、その内容が全部見透かされちゃう。

スー それはやりにくいですね。原稿の感想とかを直接言ってくるんですか?

しまお ズバッと言う時もあるけど、大体態度でわかるから、いつも親の顔色を窺ってしまうところがあって……。

スー 色々と察してしまうんですね。

しまお もうガッチガチに察する娘です。

スー 何となくしまおさんは、自由に仕事して生きているというイメージがありましたが、そうではないと。

しまお はい。察しまくって、怯えまくっていました。母にある仕事を「若い女の子の手慰みみたい」と評されたこともあります。かなり辛辣な読者(笑)

スー ひえー。うちは、私の仕事については無関心極まりないので、楽と言えば楽だし、寂しいと言えば寂しい。

しまお おそらく、作家として、個人として「こうあって欲しい」という母の気持ちを察し、無意識のうちに追ってしまっている。

スー その理想を裏切って、親をがっかりさせたくないという気持ちが、しまおさんの中にあるんでしょうね。その意味でも、特にひとりっ子は早く家を出た方がいいのかも。我が家は、私が社会人になって間もなく母が亡くなっちゃったから、家を出たくても出られなくて。ようやく二十代後半でひとり暮らしを始めました。

しまお 私はつい最近。今三歳になる子供が産まれてからようやく。

スー 初めて実家を離れてみて、どうでしたか?

しまお 快適です(笑)。自分の考えで行動できるということが、こんなにもすばらしいことなのかと。

スー 私は男性と同棲するため、というのが家を出るきっかけでした。

しまお 彼氏を親に紹介したことはありますか?

スー 何度かあります。父は、誰が好きで誰がダメだったかということをあけっぴろげに言うタイプでした。

しまお その反応を気にされました?

スー 「わかる」って感じかな。好き/嫌いの理由にいちいち納得しちゃう。

しまお 私も最初のボーイフレンドを両親に紹介したことがあって、その人に対する親の可もなく不可もなくというか、「まあ、この人と結婚するわけじゃないし」という空気を敏感に感じたことをよく覚えています。

スー そこまでわかっちゃうんだ……。

しまお それはわたしにもわかってはいたけれど、態度に出すなよって思っていましたね。容赦なく核心を突かれるから。

スー なるほど。それは辛い。

しまお 子供が産まれてからもしばらく悩んでいましたね。

スー 逆に、しまおさんの中に「理想の両親像」みたいなのはありますか?

しまお うーん、干渉しないことかな。でも、本人たちは干渉しているとは思っていない。むしろ私が過剰に察しているのかもしれません。スーさんのお父さんみたいに、娘の仕事に興味がない、という方がうらやましい。

スー うちは父が家庭という場所から早々に逸脱して、自分の人生を生きるタイプだったので、そもそも私自身が親への忠誠心が少なくて済みました。それに母が早く亡くなったことによって、一度家族という形が崩壊してしまったので。もし母が今も生きていたとしたら、私もしまおさんのように「どうやったら母をガッカリさせずに済むか」とかばかり考えていたかもしれません。それに比べて、父親の「干渉ポイント」ってそもそも“筋悪”だから、そんなに響かない。もしかしたら娘というのは、比較的早いタイミングで父の精神年齢を追い越すのかもしれません。

しまお わかります。私もそれまでは全く父に刃向えなかったのに、高校生になって急に対決姿勢をとれた瞬間があったのをよく覚えています。

スー 私も母がまだ生きていたら、その関係性も違っていたんだろうなあ。

しまお スーさんのお母さんはどんな方だったのですか?

スー もともと映画雑誌の編集をしていたのですが、父と結婚してからは基本的に専業主婦をしていました。娘の私が言うのもあれですが、ユーモアがあって頭の回転も速くて美人。

しまお 新刊を読んでいると、スーさんみたいな人だったのかなと想像しました。

スー 私よりセンスも容姿もよかったと思うし、理想の私に近かったかもしれない。特に服のセンスは及ぶべくもない。

しまお 私の母も服のセンスがいいんですよ。決定的に負けている感じがします。

スー 親の服のセンスを継承できなかったのは、凄いコンプレックスです。

しまお 私も。「この服は私の方が似合う」とか「この色はあなたに似合わない」とかズケズケと。

スー 私もよく子供の頃に「あなたは紺が一番似合う」って。またそれがいちいち芯を食っているんですよね。当時の写真を見ると、親に反抗して着た紺色以外の服がことごとく似合っていない。

しまお 親に悪気がないのもわかるけど。

スー そうそう。的外れだったらいいけど、芯を食っているから余計に辛い。

しまお つい最近も母と言い争いになったんです。家族で食事に行った時、両親が好きなだけ頼んで、それを平然と残したんです。しかも夕食が七時からなのに、「お腹が空いた」と三時頃にランチを食べて。それで夕食を残すのが許せなくて、私が「もったいないじゃん!」と怒ったんです。そうしたら母に反撃されて……。

スー 珍しく反論したのに。

しまお 「そんなこと言うけど、あなたはいつも部屋を散らかしたままで、服も大事にしていない。私にしたらそっちの方が許せない。服がかわいそう!」と。それでぐうの音も出なくなって。

スー 私だったら、もう一ラリーあるな。

しまお えっ、何て言い返せばよかったんだろう。教えてほしい。

スー 「じゃあ、今私が嫌な気持ちは凄いわかるよね」って。

しまお ああ、頭いい! 今それ言い返したい(笑)

スー そのラリーがあって、最後は「お互い気をつけましょうね」と。これを私はいつも父としています(笑)

しまお さすが。でも、スーさんが自分の子供だったら、大変だろうなあ(笑)

スー 私も最初からできていたわけではなくて。むしろ、ある時期までは、親に怒られることを過剰に警戒する子でした。「ひとりっ子だからといって甘やかしてはいけない」という親の気負いもわかっていたから、無意識に「小さい嘘」をつく癖があって。それを大人になってから指摘されて、ようやく気づきました。

しまお よくわかります。でも、スーさんもそうだったというのは意外。例えばそれはどんな嘘ですか?

スー 「これ食べたの?」と聞かれて、食べたのに「食べてない」と答えるとか。「犬の散歩に行った?」と聞かれて、「ううん、今日は犬が行きたがらなかった」とか、どうでもいい小さな嘘です。「ちゃんとした私」みたいなところから外れることについて、つるつると嘘をついてごまかす癖があることを、この年になって気づかされたんです。

しまお それもひとりっ子特有のものなのかな。親の寵愛と監視に過剰適応してしまうというか。だから私、自分の子供には、なるべく何も言わないようにしています。できるだけ命令しない。

スー 母と同じようなことを自分の子供にも言ってしまったと、後悔する時もあるんですか。

しまお あまりベタベタしないところとかは、母と似ているかもしれません。小学校三年生の時に、母に手を振り払われたのをよく覚えていて。

スー ええー。うちも母はそんなにベタベタするのが好きじゃなかったけど、父と私が母にベタベタしていましたね。

しまお 本当にお二人ともお母さんのことが好きだったんですね。

新潮社 波
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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