“悪”の汚名を晴らすため 孤軍奮闘の男を描く痛快時代物
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
堂々たる事件小説である。
時代物のファンはもちろん、それ以外の小説好きも朝井まかて『悪玉伝』を読み、痺れるべきだ。
描かれているのは徳川吉宗の治世に起きた実際の事件である。発端は大坂の薪問屋・辰巳屋(たつみや)当主の久左衛門(くざえもん)が急死したことであった。報せを受けて駆けつけた弟の木津屋吉兵衛(きづやきちべえ)は、実家の屋台骨が揺らいでいることを知る。大番頭の与兵衛(よへえ)が、婿養子の乙之助(おとのすけ)を傀儡に仕立て、身代を私(わたくし)しようとしていたのだ。吉兵衛は与兵衛一味を追放し、後見人として辰巳屋を取り仕切っていく。
この相続騒動がなぜか大坂のみならず江戸まで揺るがす大疑獄事件に発展していく、というのが物語の縦糸である。朝井の着眼点が優れているのは、この事件を善悪の対決図式ではなく、いくつもの大義が存在し、力を持つ者の思惑次第で白黒がいつでも塗り替えられる、政治の所産として見たことだ。
名高い大岡越前守忠相が、事件の背景を推理するための、視点人物の役割を担う。ただし本書の彼はかつて名声を馳せた江戸町奉行ではなく、寺社奉行の座に就いている。一万石の大名格にまで出世したはいいものの、幕府の中核に近づいたため、幕閣の顔色を常に窺わなければならない立場になってしまったのだ。
「役人たるもの、たとえ相手が老中であろうと、道理が通らぬことを命じられれば物申さねばならぬ」と忠相は考える。しかし、自身の立場ゆえに悩みもするのだ。現在の政治情勢が重なり合って見える部分もあり、ページを繰りながら、ずいぶん気を揉まされる。結局、司法は政治に利用されてしまうのだろうか、と。
題名から悪漢主人公の物語を想像する読者は多いはずだ。だが本書はむしろ、どのようにして悪は作られるか、誰にとっての悪なのかということを描いた小説である。汚名を着せられた者が闘い続ける姿に胸を打たれ、心を鼓舞される思いがした。