日常の区切りとしての「漫画」という手段 表現成立のカギを問う

レビュー

7
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労働者のための漫画の描き方教室

『労働者のための漫画の描き方教室』

著者
川崎 昌平 [著]
出版社
春秋社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784393333631
発売日
2018/07/24
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「漫画」として成立する条件を問う、意欲的ですぐれた表現論

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 タイトルに笑ってしまって即購入。手に持ったとたん、重量感に二度目の笑い。450ページをかるく超える。熱量がすごい。

 漫画の描き方を教える本はごまんとあるが、そのほとんどはキャラクターや絵そのものを「よりよく見せる」「受け手に伝わるように創る」ことを目標にする。それはまあ当たり前ではあるが、創作にかかわる人間としては、そんなのは二番目に大事なことにすぎないと言いたい。この本は、派手で人目をひく絵の描き方なんかこれっぽっちも教えない。ただただ、それが「表現」として成立するカギだけを問題にしている。ここが非凡だ。

 著者が大切にするのはスピード感だ。たとえば一本の線を引くにも、手描きのふにゃっとした線をよしとする。なぜなら、機械で引く硬質な線は、人に「もっと完璧に描きたい、もっと緻密に描きたい」と思わせ、技術を追求させる。その結果、作品の完成が遠のくからなのである。

 この本が呼びかけている相手は労働者である。それも、ブラックな労働環境にいたり、心がすりへる仕事に従事したりしている人たちだ。そういう人たちには端的に時間と体力がないから、より早く作品が描けるということを大事にする。そう、小説よりもずっと早く。なにもプロの漫画家を目指すことはないのだ。

 現代人にとって究極のミッションは、終わりなきクソッタレな日常を生きることである。漫画という表現手段は、終わりなき(つまり区切りのない)日常の時間に、作品の結末という「終わり」を持ち込み、精神を生き返らせる試みだ。

「表情不要試論」「感情不要試論」「ネーム不要試論」などなどを重ね、漫画が漫画として成立するぎりぎりの条件を問う、非常に意欲的ですぐれた表現論だ。あなたがもし、日常を耐えやすくするための小さな区切りを求めているなら、ぜひ読むべき本だと思う。

新潮社 週刊新潮
2018年9月27日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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