眩しく懐かしい少年たちの夏休み『風に吹かれて』樋口明雄

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風に吹かれて

『風に吹かれて』

著者
樋口 明雄 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758441933
発売日
2018/08/09
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

眩しく懐かしい少年たちの夏休み

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

「お前らにとって今日は一年でいちばん幸せな日じゃのお」「明日になりゃあ、夏休みは一日一日減っていくばかりじゃけえのう」

 モリケンの担任が一学期の終業式に言った言葉である。学校に通うものにとって夏休み直前ほど心躍るものはない。彼らももちろん同じ思いだ。

 一九七三年の夏。中学二年生の悪ガキたち。小説家志望のモリケン、漫画家を目指すノッポ、無鉄砲なムラマサという小学校以来のつきあいの三人に、東京からの転校生ミッキーが加わった四人組。彼らが住む街は米軍海兵隊基地がある岩国市だ。ベトナム和平協定が調印されたばかりとはいえ、米軍基地はいまだに騒がしい。だが彼らにとっては他人事だ。川での水泳や釣り、山中に廃棄されたバスに作った秘密基地、アメリカ人が捨てたゴミから手に入れた無修整のエロ本。クラスではいじめが起き、クラス一の美少女には妊娠の噂が、そしてモリケンが抱いた淡い恋心。

 本書は山岳冒険小説の牽引者である樋口明雄が、自身の少年時代をモデルに、少年たちのひと夏の冒険を描く青春小説である。

 エロ本を売って(暴利!)貯めた金や、人には言えない方法で得たイベント景品のテントを持ち、四人組と、いじめを克服したモリケンの彼女は、夏休みに自転車で50キロ離れたキャンプ地に向かう。

 厳格で怖かった父親に忍びよる老いの気配、原爆のキノコ雲を見た母。黄金の日々を送りながら、モリケンたちは大人への階段を知らぬ間に一歩ずつ上っていく。そして過去を振り返った時、あの日々が現在にまで影響を与えていたことを知る。彼らだけのひと夏の経験は、すべての読者の経験でもあるのだ。ページをめくればあの夏が待っている。

光文社 小説宝石
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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