掲載誌休刊を乗り越え… 森見登美彦“幻の長編”がついに

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熱帯

『熱帯』

著者
森見 登美彦 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163907574
発売日
2018/11/16
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『千夜一夜』に触発された幻想小説の系譜に新たな一冊が加わる

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 ロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』、古川日出男『アラビアの夜の種族』、G・ウィロー・ウィルソン『無限の書』……『千一夜物語』に触発された幻想小説の系譜に、また新たな一冊が加わる。その名は『熱帯』。ウェブ文芸誌〈マトグロッソ〉での連載開始から8年余、掲載誌の休刊を乗り越え、幻の長編がついに全貌を現した。

“汝(なんじ)にかかわりなきことを語るなかれ/しからずんば汝は好まざることを聞くならん”

 こんな仰々しいフレーズで始まる『熱帯』は、まさにそれと同じフレーズで始まる幻の小説『熱帯』をめぐる物語である。作中作『熱帯』の著者は佐山尚一(しょういち)、1982年刊。作家の森見登美彦は、学生時代、京都の古本屋でこの本を見つける。森見いわく、“物語は、ある若者が南洋にある孤島の浜辺に流れつくところから始まる。……やがて夜明けの砂浜を歩きだした若者は、美しい入江と桟橋を見つけ、「佐山尚一」と名乗るひとりの男に出会う”。

 以下、“不可視の群島、〈創造の魔術〉によって海域を支配する魔王、その魔術の秘密を狙う「学団の男」”などなどが登場するが、半分ほど読んだところで『熱帯』は忽然と消失。いくら探しても見つからず、作品に関する情報も皆無。しかし、16年後のある日、森見登美彦は、たまたま参加した集まり「沈黙読書会」で、『熱帯』を手にした女性と出会う。彼女によれば、「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」。かくして彼女は語り始め、ここに『熱帯』の門が開く……。

『千一夜物語』と同様、物語の中に物語があり、その登場人物がまたべつの物語を語り出す。神出鬼没の古本屋台・暴夜(アラビヤ)書房、飴色のカードボックスのほか、森見作品ではおなじみの古道具屋・芳蓮堂や、実在の珈琲店・進々堂など、見慣れたものや人も登場。現実と(さまざまな階層の)虚構が錯綜し、眩暈のような感覚を存分に味わわせてくれる。

新潮社 週刊新潮
2018年12月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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