「別の物語がつながる」7作品! 構成の妙と読書の醍醐味が楽しめる、今月のおすすめ小説

レビュー

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  • 発現
  • 駒音高く
  • 殺人鬼がもう一人
  • 救いの森
  • 早朝始発の殺風景

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

春が待ち遠しい日々です。
今月ご紹介するのは、構成の妙と読書の醍醐味が楽しめる7作品!
ぜひお気に入りを見つけてくださいね。

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 大河ドラマ「いだてん 東京オリムピック噺」にハマっている。脚本、演出、俳優はもちろんだが、いちばん惹かれているのは明治と昭和、落語とオリンピックを行き来する構成だ。今のところ五代目古今亭志ん生が明治と昭和の両方に出ているだけで、この四つの要素は現時点ではすべて別立てである。

 だがもちろん、きっとどこかですべてつながるはずだ。明治と昭和、落語とオリンピック、都合四つの話を並行して描くあたりに脚本家の意図があるに違いない。それがいつわかるのか、すでにヒントは出されてるんじゃないかとワクワクしている。

 別だと思っていた話がつながる瞬間は、一気に世界の形が見えてくる快感があって、とてもエキサイティングだ。

 というわけで今回は、「別の物語がつながる」作品を紹介しよう。

 まずは阿部智里『発現』(NHK出版)。累計百万部を突破した「八咫烏」シリーズの著者が、デビュー七年目にして初めて別の話を発表した。しかもそれが「八咫烏」シリーズとはまったく異なるタイプの物語だったから驚いた。

 物語は平成三十年と昭和四十年を行き来する。平成の主人公は大学生の村岡さつきだ。ある日、兄の様子がおかしくなった。さつきは憔悴した兄を見て、かつて母を死に至らしめた〈病〉が兄に現れたのではと心配する。

 一方、昭和の方は地方で農業を営む山田省吾の話だ。東京に住んでいる兄が亡くなったと知らされ、急ぎ上京する。しかも自殺だという。理由にまったく心当たりのなかった省吾はその理由を調べようとするが……。

 途中まではまったく別の話である。平成はホラーで、昭和はミステリだ。共通するものなど何もないように見える。ところがこのホラーとミステリが交わったとき、浮かび上がるテーマには驚かされた。具体的には書けないが、阿部智里は本書で第二次大戦が残した傷に正面から向き合ったのだ。

 著者は平成生まれ。二十代の若い作家である。その作家が戦争を描こうとしたとき、こういう手法をとったかと感心した。大上段に構えるのではなく、その時代を体験した普通の人々に目を向け、彼らが感じたであろうことと、それを後の世代がどう捉えればいいのかを、ホラーとミステリの中に落とし込んだのである。実に頼もしい挑戦ではないか。

 話がつながるといえば連作短編集。しかしどのようにつなげるかは千差万別だ。

 将棋を核にしてオムニバスの形で描いた連作が佐川光晴『駒音高く』(実業之日本社)である。東京の将棋会館で清掃の仕事をしている女性が、大阪への旅行中に関西将棋会館に立ち寄る「大阪のわたし」、女流棋士ではなく女性棋士を目指す少女の母親の気持ちを綴った「娘のしあわせ」、長年の戦いの末に引退を決意する棋士の「最後の一手」など、バラエティ豊かな将棋小説が並ぶ。

 特に、野球から将棋に転向した小学生が主人公の「初めてのライバル」がいい。野球の全体主義に馴染めなかった主人公は、完全に自分の力だけで戦える将棋にのめり込む。だがそれは、誰かの失敗を他の誰かの活躍で補い合えるチームスポーツとは違い、周囲にいる全員が敵であり、すべてを自分で受け止めねばならない孤独との戦いであることを知るのだ。それを知った彼がどんな選択をするかが読みどころ。

 各編に直接の関係はない。だが複数の作品に共通して登場する場所があり、共通して登場する人物がいる。さらに、ほぼ名前しか出てこないある人物が作品ごとに年齢を重ねており、連作の中で時が流れていることがわかる。これにより、時代ごとに、世代ごとに、さまざまな形で将棋を愛する人が必ずいるのだという「歴史」と「継承」まで表現されているのである。実に上手い。

 若竹七海の『殺人鬼がもう一人』(光文社)も連作短編集だ。舞台は辛夷ヶ丘という郊外の町。二十年ほど前に連続殺人事件があったのを最後に、特に大きな事件も事故もないのどかな町、というよりは淀んだ町である。

 警官の砂井三琴は無事定年まで勤め上げ、その間に立場をちょっとばかり利用した貯金もして、退職後は安定した年金生活を送るのが目標の悪徳(?)警官……のはずだったのだが、なぜかひったくりだの詐欺だのが相次いであちこちに駆り出されることに。

 若竹七海といえば、ピリリとした辛味とユーモアのバランスが真骨頂だ。今回はダーク寄りで、警官も容疑者も事件関係者も曲者ばかり。ところが、あははと笑って油断していると見事なツイストをかけられるぞ。絶妙な伏線回収のあとに見えてくる真相にはゾクリとすること請け合いだ。特に怖いのが「葬儀の裏で」、ニヤリとするのが「黒い袖」といったあたり。単品での面白さもさることながら、通して読むとあの話がここで出てくるのか! と驚くとともに構成の上手さに感心するだろう。

 小林由香『救いの森』(角川春樹事務所)も、単品の出来とつながりの上手さを両立させた佳作だ。相次ぐ児童虐待事件を受け、子どもの命を助けるため「児童救命士」という専門職が設立された──という設定の物語。子どもはライフバンドと呼ばれる緊急通報装置を手首に巻くことが義務付けられ、虐待やいじめに遭ったときにそれを使って通報、救命士が駆けつけるという仕組みになっている。

 主人公は新米児童救命士の長谷川。子どもを救うという仕事に理想を持って救命士になったが、出会う事件は彼の想像を超えたものばかり。ライフバンドのサイレンを悪戯で鳴らしたと思われていた少年の真意、ライフバンドの悪用が疑われるケースなどなど、どれも事態は二転三転、予想もしなかった真相に辿り着く。何気ない部分から虐待の手がかりを見つける様子は、実に上質な本格ミステリでもある。

 さらに最終章で、それまでの事件の関係者が……おっと、そこはまだ言わないでおこう。各章の間のつながりを利用することで、仕事を〈積み重ねる〉ことの尊さが伝わるという構成には唸った。

 青崎有吾『早朝始発の殺風景』(集英社)は高校生を主人公にしたミステリの短編集だが、趣向が面白い。どの話も場面転換のない一幕もので、二十分から三十分の間の出来事。しかも登場人物はふたりか、多くて三人。さらにそのふたりもしくは三人が、気まずい状況にある。

 たとえばろくに話もしたことのない同級生とふたりきりの始発列車の中。男同士で乗ることになった観覧車の中。仲良しグループのはずが意見が対立してしまった放課後のファミレス。おお、考えただけで気まずい。

 そんな状況での会話を通し、ある短編では提示された謎が解かれたり、またある短編では最後に意外な事実が判明したりと、実にテクニカルな騙しを繰り出してくる。

 これも収録作の間に直接の関係はないが、エピローグで各話の登場人物が再登場するのが楽しい。彼らのその後を垣間見られて幸せな気持ちで本を閉じることができる。

 北山猛邦『千年図書館』(講談社ノベルス)は短編集。連作ではなく、独立した作品ばかりだが、読み心地に共通点があり、まるで連作を読んでいる気持ちになる。

 まず、ここではないどこか別の世界の物語のように始まること。死後の世界と禁忌の谷に心を奪われた少女の「見返り谷から呼ぶ声」、災害を防ぐための生贄として〈司書〉が〈図書館〉に送られる表題作、奇妙な塔を町のあちこちに建てる男爵の「終末硝子」などなど、どれもとてもファンタジックだ。けれどどの作品も最後まで読むと物語は一変する。その逆転のさせ方と、そこから生まれるサプライズとカタルシスの鮮やかさが収録作に共通しているのだ。北山ワールドというつながりと考えればいい。

 特に白眉は表題作。「そういうことだったのか!」とわかった瞬間、戦慄した。異世界ファンタジーのような気分で読んでいたら、まあ、とんでもない! これはすごい。

 さて、ここまで長編の中の別立ての章がつながる話と、連作短編集、そしてノンシリーズ短編集の三種類を紹介してきたが、さらに別の種類のつながりを楽しめる作品がある。小松エメル『歳三の剣』(講談社)だ。

 土方歳三が試衛館の仲間と一緒に上洛、京都で新選組を結成し、池田屋騒動などさまざまな事件を経て……というご存知新選組小説である。が、注目は、これが小松エメルの他の新選組小説とつながっているという点だ。

 これまで刊行された短編集『夢の燈影 新選組無名録』と長編『総司の夢』(ともに講談社文庫)と本書はすべて同じ世界の出来事を描いているのであり、他の作品に出てきたのと同じ場面や同じ会話が視点人物を変えて再登場する。『総司の夢』で沖田総司がとある事件を目撃したとき、土方は何をしていたかが『歳三の剣』で綴られる、といった具合だ。

 読む順番によってはネタバレのリスクは避けられない。だが逆に、すでに展開がわかっているからこそ新たに生まれる面白さもある。いずれにしろ、同じ事件を複数の視点で描くことで、新選組という組織が多面的に、そして多重的に浮かび上がってくるのである。もちろん、それぞれの作品が異なるテーマを持った独立した作品として楽しめることは言うまでもない。

 さらにこのシリーズで、小松エメルは各隊士の既存のイメージを守りつつ、ひとりだけ、大きくそのキャラクターを変えている。おそらくその人物が、今後、小松新選組ワールドの鍵になってくるに違いない。実に楽しみだ。本シリーズはまだつながっている最中なのだ。

 物語をつなげる、という手法それ自体は決して目新しいものではないが、そのやり方は実に多彩なのである。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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