トマス・ピンチョンと比肩する作家の邦訳版が刊行 全930ページの重量級小説の魅力とは?

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JR

『JR』

著者
ウィリアム・ギャディス [著]/木原善彦 [訳]
出版社
国書刊行会
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784336063199
発売日
2018/12/25
価格
8,800円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ギャディスの玉手箱

[レビュアー] 水戸部功(装幀家)

 A5判上製、本文は二十八字×二十三行の二段組、九三〇頁(うち三十五頁が注釈。登場人物紹介だけで八頁)。束幅(本の厚み)は六センチメートルにも及ぶ。重量約一・二キログラム。厚い。重い。つまり長い。長いのに章立てはいっさいなく、延々と会話が続く。場所はどこなのか、誰がしゃべっているのかもわからない。そのうえ、そこにいなかったはずの人物が突然入ってくることもある。読者は推測して読み進めるしかない。非常に難解。とにかく、物理的にもテキスト的にも、読者に強いる本だ。そんな本の装幀を担当し、書評も書くという光栄な機会をいただいた……。

 原書が一九七五年に刊行されながら、その難解さから邦訳は不可能とされていたが、四十年以上経った二〇一八年、木原善彦氏の手によりようやく翻訳・刊行となった。それだけ難解だと聞いてしまうと、この読書がとんでもない苦行に感じられるのではないかと思うかもしれないが、そうではないということが本書の偉業を示す証と言えるだろう。物語の筋としては、お金儲けに興味を持ったJR少年(十一歳)が少ない元手からわらしべ長者的に徐々に資金を増やし、企業買収などを繰り返して巨大なファミリー会社を作り上げ、世界経済に影響を与えるまでに成り上がる。またその周辺で政治や金にまつわる事柄が複雑に絡み合うという、仮想通貨などで混乱する昨今、むしろ今興味深い話。本書が広く知られるきっかけになった殊能将之氏の記事(『殊能将之 読書日記』)にあるように、原文で既にすこぶる面白い(らしい)わけだが、本書が苦行に感じないのは言わずもがな訳者の力によるものであることは明白だ。会話に説明的な言葉はないのだけれど、テンポ良く、言葉のチョイスがとても親しみ易く面白い。先に愚痴をつらつらと書いたが、それがそのまま本書の面白いところと言い換えることができる、と、いつの間にか気付き、乗ってくると止まらなくなる。笑える痛快な物語がいつまで続くともわからないのだから本好きにとってこんなに幸せなことはないのではないだろうか。

 装幀としては、JRファミリーカンパニーのロゴマークを作成し、エントロピー増大のごとく無秩序に拡散する図形の中心に据えるというもの。JR社の成長を表すのと同時に混沌とした当時の情勢を表すことができればという考えだ。ロゴの成り立ちについては作中にあるように、JとRの文字を組み合わせて$マークとなる。これを装幀に使用するのも、先述の殊能氏の記事にある「邦訳する時があればこういう表紙がいいなあ(邦訳されるかどうかは知りませんけど)」という言葉から。発売後、SNSでは競い合うように読み進める人たちの実況で溢れたと聞く。しかも既に重版もしている。木原氏の情熱の賜物、永く愛される本になったようで嬉しい。

河出書房新社 文藝
2019年夏季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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