いま「百合」がアツい! 世界一嫌われた王妃マリー・アントワネットと女官長の秘められた関係とは

インタビュー

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ベルサイユのゆり

『ベルサイユのゆり』

著者
吉川トリコ [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101801650
発売日
2019/08/28
価格
649円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

いま「百合」がアツい! 世界一嫌われた王妃マリー・アントワネットと女官長の秘められた関係とは

[文] 新潮社

二十一世紀を生きるあなたには理解しがたい話かもしれませんが、十八世紀の女性にとっては夫や愛人を見つけることよりも、心を許しあえるたったひとりの友人に出会うことのほうがはるかに難しかったのです。(中略)マリー・アントワネットさまはわたくしにとって運命の人です。褥を共にした殿方よりも血を分けた家族よりも、この世の誰よりもあのお方をお慕い申しあげておりました。(『ベルサイユのゆり』より)

 ***

百合――それは友情でもあり愛情でもあり、またそれらよりも深く甘やかな、女性同士の関係性。『ベルサイユのばら』『櫻の園』『美少女戦士セーラームーン』『マリア様がみてる』など、百合を扱った名作は数多く存在するが、「SFマガジン」2019年2月号(早川書房)では同誌初の「百合特集」が組まれ、異例の発売前重版が決定するなど、今また「百合」が注目を集めている。吉川トリコ『ベルサイユのゆり』では、革命に散ったフランス王妃マリー・アントワネットと彼女を取り巻く女性たちとの親密な交わりが描かれる。多くの女性の共感を呼んだ『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)のスピンオフとなる本作で初めて明かされる、ベルサイユの「百合」とは――。

 ***

――まず、タイトルが傑作です。

吉川 前作(『マリー・アントワネットの日記』Rose/Bleu)執筆中に読んだ資料のなかで、マリー・アントワネットと彼女の周りの女性たちがすごく親密に付き合っていたことが分かりました。作中に入れたいエピソードがたくさんあったのですが、全部書いたら全10巻の大長編になりそうで、断念した話がいくつもあって……。外伝として、彼女たちを書いた「薄い本」を作りたいな、と冗談で言ってたのが実現しました(笑)。女性同士の友情であり愛情でもある関係性なので、ひと言でいうなら「百合」かな、と。舞台はヴェルサイユだから、かの名作にあやかって、このタイトルしかないだろう!と思いました。

――アントワネットの女官長・ランバル公妃が亡霊になって、王妃と関わった女性たちにインタビューしてまわるという設定は、どのようにして思いついたのですか?

吉川 独立した短編として、それぞれの女性と王妃との関係性を切り取っていくというやり方だと、一冊の本になったときに全体の流れやボリューム感が出ない。どうしようかな、と思っていたところに、ちょうど有吉佐和子さんの『悪女について』を読んだんです。謎の死を遂げた女性実業家に関わった二十七人の男女へのインタビューから彼女の人間像に迫る構成に触れて、「あ、これや!」と(笑)。

――ランバル公妃、いかにも化けて出てきそうです。

吉川 フランス革命中にアントワネットたちがヴァレンヌで捕えられてしまったあとに、ランバル公妃はイギリスに無事亡命したんです。なのに、やっぱり王妃のそばにいたいとパリへ戻ってきてしまった。そのせいで、翌年の九月虐殺で惨殺されて……。命知らずな「王妃ガチ勢」なんですよね。アントワネットへの愛と執着がいちばん強いので、死んでからも成仏しきれず亡霊になっても不思議じゃないよなと思いました。

――ランバル公妃については、あまり資料が残っていなかったそうですね。

吉川 ファッション・デザイナーのベルタンや画家のルブランとは違って、彼女自身が何かを成し遂げたというわけではないので、ほとんど資料がないんですよね。革命中に亡くなっているから回想録も書いていないし。生来は自分で何かを考えたり、自発的に行動するタイプではなかったんじゃないかなと思います。結婚した翌年に夫が死んでしまって、なんとなくヴェルサイユに来て、そこで王妃と出会った。王妃と親交を深めるなかで、彼女もまた目覚めたのではないかと。王妃のそばにいたい、守りたいという気持ちは、彼女の生涯でもっとも強く、主体的な意思だったんじゃないかな。

――ここでは「ランバル公妃」と呼んでいますが、作中では「マリー・テレーズ・ルイーズ・ド・サヴォワ・カリニョン」と記されます。デュ・バリー夫人は「マリ・ジャンヌ・ベキュ」、ポリニャック公爵夫人は「ヨランド・マルティーヌ・カブリエル・ド・ポラストロン」。なぜこのように書かれたのでしょうか。

吉川 名前、長いですよね(笑)。この作品の連載を始めたのが去年(2018年)の12月で、『1982年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)が出たばかりでした。巻末の解説(伊東順子氏による)に、女性の名前は皆フルネームが出てくるのに、男性は「父」や「祖父」「弟」など、実名じゃなく関係性の名称のみ、これは韓国社会では既婚女性が個人としてではなく「母」や「妻」といった家族の機能としてしか扱われなくなることへの意趣返しの表現である、というようなことが書かれていて、ハッとしました。「ランバル公妃」も、彼女自身の名前じゃないじゃん!と。各章のタイトルは、それぞれの語り手の名前にしようと考えていたんだけど、「ランバル公妃」ではなくて、本名にしようと決めました。

――たしかに、「ランバル公」妃、「デュ・バリー」夫人、「ポリニャック公爵」夫人と、夫ありきの名前しか知らなかったことに愕然とします。

吉川 アントワネットも、親しい人たちには「王妃さま」と呼ばせなかったらしいので、相手のことも本名で呼んでいたんじゃないかな、と思いました。名作でも『ボヴァリー夫人』『ダロウェイ夫人』とかありますから、もう! って感じ(笑)。

――デュ・バリー夫人も、「女に嫌われる女」を自覚しつつ、あっけらかんとした語り口がいっそ気持ちいいです。

吉川 名器自慢までし始めるっていう(笑)。しかもうまいこと喩えて……。「女を武器にしてる」と、ずっと悪役として描かれてきた人ですよね。女性からは軽蔑されて、男性からはちやほやされているようでいて、実はバカにされたり、都合よく扱われたりしている。そういう人の辛さに加えて、「はて、何か問題でも?」という本人の開き直りみたいなものも描きたかった。

――ポリニャック公爵夫人の章では、彼女の意外な心情が明かされます。

吉川 私は彼女の章がいちばん好きなんですよね。素直に「好き」と言えなくて、強がったりこじらせたりしている感じがたまらなくて……。彼女の章の終盤で語るアントワネットとの「忘れられない光景」、あれこそまさしく「百合」ではないかと!

――ポリニャック公爵夫人とランバル公妃の王妃を巡るライバル関係も絶妙でした。

吉川 ポリ×ランの新旧女官長対決、ズッ友はどっちだ!?みたいな(笑)。しかもたまらないのが、この二人、生年月日がまったく一緒。嘘でしょ!? って思いますよね。少女漫画のような設定が、まさかの史実。萌えますよねえ……。神の作りたもうたこの設定をぜひ皆さんにお知らせしたく、書かせていただいた次第です(笑)。

――アントワネットの肖像画を描いた宮廷画家・ルブランも、自画像からは想像もつかない性格でしたね。


宮廷画家・ルブランが描いた自画像

吉川 あの自画像! よくもまああんな自画像を描きましたね! っていう……。画家の自画像は「あなたのこともこんなふうに美しく描きますよ」というある種の宣伝物だから、盛って描くのが当然ではあるものの、それにしたって……と言いたくなるような絵ですよね(笑)。実際も美しい人だったようですけど、あの自画像を見たときにまず「いけすかないやつだな」と思ってしまいました。つい外見で人を判断してしまった。でも彼女が弟に宛てた手紙が残っていて、理詰めで男を負かす! みたいな気の強い内容で……。それを読んで、解釈違いだった! と反省しました。

――アントワネットと8人の女性たちとの関わりが描かれますが、唯一男性が語り手となる章があります。

吉川 王妃の髪結いだったレオナールですね。前作のときに資料や映画を参照していくなかで、レオナールをトランスジェンダーっぽく描いている作品がいくつかあったんです。いわゆる「オネエ」みたいなキャラクターで。本当にそうだったのかな、と思ってさらに資料を読んでいくと、どうやら生粋の女好きだったみたいで、むしろ「バリヘテロ」ではないかと私は思いました。美容師=LGBT、みたいな図式に根拠もなくあてはめようとするのは偏見ではないかとモヤモヤしたので、私が解釈したレオナールを書いておきたくて。


『マリー・アントワネットの日記』/左がRose、右がBleu

――『マリー・アントワネットの日記』でもっとも反響が大きかったのが、「死の牢獄」コンシェルジュリーに送られるアントワネットが、娘のマリー・テレーズに最後にかけた言葉です。本作では、この場面がマリー・テレーズ側から描かれています。

吉川 前作のあの言葉がよかったと言ってくれた人がすごく多くて、自分でもあの場面が書けてよかったなと思っていたので、娘の側からどう描いたらいいかというのは悩みました。「今更なによ」と反発しただけとするのは残酷すぎるし、実際どうだったんだろうと考えていくうちに、もしかしてこういうことだったのかも……と思って、あのような形になりました。

――ああいうことってあるよなあ……と思いました。

吉川 二人の場合は、死に別れる直前という特異な状況だけど、そうじゃなくても母と娘には似たようなすれ違いがしばしば起きがちですよね。母の渾身の言葉が意図したように娘に届かないこともあるし、娘の気持ちを母が汲めていないときもある。

――登場人物全員が、それぞれに花の色の衣服を身につけていますね。

吉川 アントワネットとランバル公妃におそろいのドレスを着せたいと思って、まずランバルはすみれ色が合う、と思いました。じゃあアントワネットは何色にしようかと考えたときに、同じように花の色で、紫と相性が良さそうな色は……と考えてミモザ色に。次に「首飾り事件」のラ・モット夫人の章を書くときに、彼女は「赤」のイメージだなあと思った。禍々しさ、不穏さ、罪の雰囲気が出る赤い花は何だろう、と考えて「けし」かなあと。そうやってそれぞれのイメージに花を当てはめていきました。最後から2番目、マリー・テレーズの章を書いているときに、ようやく花言葉を調べたんですね。それまではまったく気にしていなかった。

――マリー・テレーズは「黒カーネーション」のドレス、花言葉は「私の心に哀しみを」です。

吉川 花言葉、合いすぎ……ってくらい合っていますよね。マリー・テレーズはタンプル塔での幽閉を解かれてからずっと黒いドレスを身につけていたんだそうです。彼女の花はカーネーションにしたかったんだけど、黒いカーネーションってあるのかな……と思って調べたら実在したので、やった! と思いました。

――なぜカーネーションにしたかったのですか?

吉川 お母さんにあげる花だから。でも黒いカーネーションもらったら超ショックですよね(笑)。そんなところもこの母娘関係に合っていると思いました。そこから遡ってそれぞれに当てた花の花言葉を調べたのですが、どれもびっくりするくらいぴったりで。そんなところもチェックしてみてもらえたら嬉しいです。

新潮社
2019年9月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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