「平成の八つ墓村」事件の先に見えてきた「真実」が恐ろしい

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

つけびの村

『つけびの村』

著者
高橋ユキ [著]
出版社
晶文社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784794971555
発売日
2019/09/25
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

「平成の八つ墓村」事件を綿密に追い、見えてきた恐るべき“真実”

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 うわさ話は甘美な娯楽だ。だが時にそれは人を追い詰め、取り返しのつかない事件を起こす。

 2013年7月21日夜、山口県周南市金峰地区の郷集落で連続殺人・放火事件が勃発した。この地区の住民はわずか12人、半数以上が高齢者の限界集落で5人の老人が撲殺されたのだ。犯人はすぐに捕まった。

 保見光成63歳。その村に生まれ中学卒業後に東京へ出たが40歳を過ぎて戻ってきた。最初は村の行事にも参加していたが、両親を看取った後言動が徐々におかしくなった。周囲と接触せず、窓を開けてカラオケをがなりたて、謎のオブジェを飾る。

 事件後、失踪した保見の家のガラス窓には不気味な貼り紙があり、マスコミは犯行予告だと騒いだ。

〈つけびして 煙り喜ぶ 田舎者〉

「平成の八つ墓村」と呼ばれたこの殺人事件を著者の高橋ユキが取材しはじめたのは事件から3年半も経過した後だった。保見は死刑判決を不服としてすでに最高裁に係属し、本人は無罪を主張していた。

 依頼された取材は、事件の発端かもしれないこの地区の“夜這い”に関するうわさだった。

 郷集落は人の気配がなく不気味だった。ようやく話を聞けたのは、当時旅行中で妻だけが殺された男性だ。戦時中にあったという夜這いの話から、貼り紙の背景などを聞き原稿を一旦まとめた後、高橋はもっと事件を知りたいと思うようになった。

 今も残る住民に話を聞き、周辺地区のうわさをさらに取材すると、微妙な人間関係が浮かび上がってきた。拘置所の保見本人にも面会し、精神的な荒廃を目の当たりにした。

 閉ざされた田舎ではすべての人が瞬時にうわさを共有する。それが今ではネット上で蔓延し、面白半分のうわさや推測で炎上が起こる。無責任な言葉は誰かを傷つける。

 犯人はその犠牲者だったのか。著者の綿密な調査の結果、見えてきた真実が本当に恐ろしい。

新潮社 週刊新潮
10月17日菊見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク