『たやすみなさい』
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SNS時代に萌す短歌と歌集の可能性
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
ほんの一握りの有名歌人を除けば、歌集の発行部数はだいたい1000部前後。重版はめったにないと聞く。ところが岡野大嗣『たやすみなさい』は発売後わずか1カ月で3刷7000部を達成。業界をどよめかせる快挙の向こうに、SNS時代の書き手と読み手、そして売り手が織りなす新たな生態系の図が見て取れる。
本書は書肆侃侃房が2015年に刊行を開始した「現代歌人シリーズ」の中の一冊で岡野氏の第二歌集。
同社の代表で編集を担当した田島安江氏は語る。
「第一歌集は名のある歌人の推挙がなければ出版自体が難しかったし、自費出版で出しても大型書店にはなかなか置いてもらえなかった。版元も出した時点で利益を回収してしまっているので営業があまり熱心に動かない。一般の読者の手元まで届くようなインフラが整っているとはいえない状況でした」
福岡に拠点を置く同社は、他にも「新鋭短歌シリーズ」「ユニヴェール」といった現代短歌の新レーベルを積極的に立ち上げてきた。それは、新人が歌集を刊行するためのチャンスを増やすと同時に、シリーズとして書店の棚の一角を確保することで、一般の読者が「短歌」に触れる機会を増やそうという試みでもある。その目論見は的中し、同社のシリーズの中には重版しているものも多い。独立系書店を中心にきちんと購買につながっているという。
追い風となったのはやはりSNSの興隆だ。三十一文字で完結する短歌は、例えばツイッター上での自己発信と非常に相性がいい。
「ひと昔前なら“自分で宣伝するなんて”と眉を顰める人もいましたが、今はセルフプロデュースに積極的な歌人も多い。そもそも短歌は『私』と切り離せない表現形式ですから」(同)
〈たやすみ、は自分のためのおやすみで「たやすく眠れますように」の意〉
例えば岡野大嗣の歌が提示するのは、暴力的なまでに変化する現代の中で、そっと光るシェルターのような時間だ。日常と地続きの場所に、エアポケットのように「歌」がある世の中―期待はおおいに膨らむ。