スヌーピー作者の本格評伝に見る「成功者の孤独」

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スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝

『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』

著者
デイヴィッド・マイケリス [著]/古屋 美登里 [訳]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784750516165
発売日
2019/09/28
価格
6,600円(税込)

書籍情報:openBD

こまやかに、印象深く描かれた「スヌーピー」作者の孤独と成功

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 マンガに登場する犬として世界一有名なのは、たぶんスヌーピーだろう。わたしも子ども時代、鶴書房から出ていた谷川俊太郎訳『ピーナツ・ブックス』を二冊だけもっていて、すりきれるまで読んだ。主人公チャーリー・ブラウンは心配性で失敗ばかりの冴えない男の子。哲学的だが小生意気で自己愛が強い犬のスヌーピーや、チャーリー・ブラウンの友人たち(押しが強いルーシー、ピアノにしか興味のないシュローダーなど)の性格も際立っている。絵の視点が低いところにあり、大人が画面に登場しないところも、子どもの心をつかんだのだと思う。

 この名作『ピーナッツ』を描いた漫画家が、チャールズ・M・シュルツ(愛称スパーキー)だ。この本は彼の本格評伝で、子ども時代から晩年までを精密に描きつくしている。床屋の一人っ子であり非常に聡明だったが、父は「本を読みすぎると頭が落っこちるぞ」というような人。スパーキーは、頭が切れることを隠していた。目立たないようにして、静かに怒っていた。

 美術を学んだが芸術を信じる気持ちになれない。漫画家になりたかった。戦争と兵役にもまったくなじめない。戦後は困窮のなか、理解者を探して奔走した。彼の斬新な作風はなかなか評価されなかったけれど、最終的には新聞連載を勝ち取る。

 のちの大成功はみなさんご存じのとおり。しかし彼の中には、子ども時代の憂鬱がそっくりそのまま保存されていたようだ。アシスタントをもたずに一人で描いたのも、個人的な感情の記憶を純粋なかたちで表現しようとしたせいかもしれない。本書にはたっぷり『ピーナッツ』が引用されているが、それらはスパーキーの人生の経験に寄り添うように配置されていて、本文と漫画を行き来しつつ考えるのが楽しい。「成功者の孤独」はよくあるテーマだが、この評伝ではそれがとりわけこまやかに、印象深く描かれている。

新潮社 週刊新潮
2019年12月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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