湊かなえ、『落日』と新たなる10年を語る

インタビュー

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落日

『落日』

著者
湊かなえ [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413428
発売日
2019/09/04
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

湊かなえの世界

[文] 角川春樹事務所


湊かなえ(撮影:三原久明)

刊行以来、続々重版を続け、書店員からも熱い感想が多く寄せられている『落日』。その創作の秘密について伺う。

裁判を見学し、“真実と事実の違いはなんだろう”と深く考えました

――『贖罪』がエドガー賞候補に選ばれるなど海外での評価も高まっています。

湊 ニューヨークでの授賞式に参加させていただきましたが、とてもいい刺激になりました。今の目標として掲げるなら、再びエドガー賞の授賞式に呼ばれることでしょうか。

――では改めて、この『落日』執筆の経緯を教えてください。

湊 作品を書くに当たり、テーマとなるような言葉を投げてくださいと担当編集者にお願いすることがあります。「島」という言葉をいただいたときは『望郷』が、「手紙」というワードからは『往復書簡』が生まれています。今回挙がったのは「映画」と「裁判」。では、この二つを絡めてどんな物語が書けるのか。思い至ったのが、裁判に映画というフィルターを掛けてみたらどう映るのだろうかということでした。そして実際に裁判を見学してみると、“真実と事実の違いはなんだろう”と深く考えさせられて。私の中に生まれたその思いを、この作品の一つのテーマにしようと決めました。

――主人公は脚本家の千尋と映画監督の香。作家である湊さんと共通する部分もある立場の二人ですね。

湊 作り手ということで自分に近いところにいる人物になりました。この作品でもう一つの柱にしたかったのが、“物語を作るとはどういうことか”です。執筆のきっかけに言葉をいただくとお話ししましたが、自らの「見たい」「知りたい」という思いがテーマになることもあります。似たような意味合いで何気なく使う言葉ですよね。でもよく考えてみると、この二つはまったく違うのではないかと思います。ベクトルの向きが真逆で、例えるなら、球の中から外に向かうのが「見たい」で、外から中心に向かうのが「知りたい」なんじゃないかと。でも、物語を表現するに当たってはそのどちらも必要で、私も大事にしなければならないと考えています。

――それが主人公たちのキャラクターとして振り分けられているんですね。

湊 そうですね。見たい千尋と知りたい香。真逆のベクトルを持つ二人が触れ合うことで、気づきがあればいいなと思いながら書いてきました。

――ほかにも湊さんの作り手としてのお考えなどが二人の姿に投影されているのでしょうか。

湊 千尋の目線はまだ新人に近いものがあるので、私がデビューする前やシナリオコンクールに応募していた頃の気持ちを思い出しながら書いたところもあります。香は天才的な部分があるので、私自身の影響はあまりないかもしれません。むしろ、十年書き続けてきて現在感じていることは、千尋の師匠の大畠先生に言わせていますね。デビュー時の自分に何か伝えられることがあればという感じで(笑)。

日が沈むからこそ、また日は昇る。今日が終わることで明日も来る

――なるほど。最後のほうで、香がこれからも映画を撮り続けようと語る部分にも、湊さんご自身の思いが重なっているように感じましたが……。

湊 ひとつ物語を書けば気づきがあり、新たな出会いもあったりと、未来につながるなにかを得ながら、今日まで書いてきました。実はこの『落日』は、私がデビューしてからちょうど十年となる二〇一八年に刊行される予定だったんです。それが遅れて昨年になってしまったのですが、ひとつの区切りとして書いたものであることに変わりありません。ですから、これからの十年に向けての決意表明みたいなものも込めたラストにしました。

――本作もそうですが、そのデビュー以来多くの作品が一人称で書かれていますね。このスタイルを選ばれる理由はあるのでしょうか。

湊 同じものを見ていても人によって見方、見え方は違うのだと思います。私の興味もここにあって、自分とは違う見え方、考え方があるなら、それはどういうものなのかを知りたい。そういう気持ちが、複数の視点を入れる書き方として一人称という形になっているのだと思います。章によって語る人が変われば、見えるものも変わる。それにより読者も最初はこうだと捉えていたものが、本を閉じたときにはまったく違うものに見えていたらいいなと思っています。

――タイトルからもその思いを感じます。『落日』には「再生」の意味を込められていると伺いました。

湊 日が沈むからこそ、また日は昇る。今日が終わることで明日も来る。そんな思いを込めています。「落日」を辞書でひくと二番目くらいに「没落」と出てくるのですが、この作品を通して違うイメージを持ってもらえたらいいなと思っています。また、作品に描いた夕日は馴染み深い土地で見たものでもあります。現在は洲本市に住んでいますが、淡路島で暮らし始めた当初いたのは北淡町という街でした。ここは夕日百選に選ばれるくらい、海に沈む夕日が美しいところなんです。家から見ることもできて、当たり前の光景のように感じていましたが、遊びに来た友人が日本でこんな夕日が見られるなんてと、とても感動して。身近にいるとその貴重さに気づけないものなんですね。そんな友人とのやりとりを思い出しながら書きました。

――節目となる作品を書き上げた今、今後の作品の構想などあればお聞かせください。

湊 今回は自分の創作に対する向き合い方や大切にしたいことなども物語に込めることができましたし、光というか、明るい方向を向いて終われたことも良かったと思っています。一冊入魂という感じで書き上げることもできました。今後は……。この作品にも出てきますが、私、「スター・ウォーズ」が好きなんですね。先日完結編を見たのですが、最後まで見届けられた幸せというものを?みしめることができました。新章を楽しみに何十年という歳月を過ごしてきたのは私だけではないでしょう。それだけ物語というのは、人生に寄り添えるものなんだなと思います。主人公の成長を読者が追いかけてくれるような作品を書いてみたい。そんな思いも生まれています。

構成:石井美由貴 写真:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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