『朔と新』
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『おっぱいエール』
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[本の森 医療・介護]『朔と新』いとうみく/『おっぱいエール』本山聖子
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
中国、武漢から起った新型コロナウイルスによる感染症は新年になって日本でも発生し、政府から感染症対策の基本方針が出された。それから約一か月。毎日更新される情報に一喜一憂しているうちに疲れてしまった。現実は小説をはるかに凌駕している。
普通の医療小説を読んでもリアリティが薄い。ならば医療系の範疇とは言えないが、少しでも希望を持てる物語を紹介したい。
いとうみく『朔と新』(講談社)は、視覚障がい者が伴走者と走る、ブラインドマラソンを試みる兄弟の葛藤を描く。
高速バスの事故で、兄の朔は視力を失った。自分の都合でそのバスを利用したため、弟の新は罪悪感から、将来を嘱望されていた陸上競技をやめた。
朔が全寮制の盲学校を卒業し、一年ぶりに自宅へ戻ってきた。白杖を見て動揺する新。何とか普通の生活をしようとする朔。ある日、朔はブラインドマラソンに挑戦することを決意し、伴走者になってほしいと新に頼み込む。いやいやながらではあったが、新は引き受けた。
兄弟の間には甘えもあれば憎しみもある。心の底にある妬みや期待はブラインドマラソンにとってマイナスだ。しかし彼らは走り出した。本書は、パラリンピックを見るうえでも参考になるだろう。
二人に一人はがんになると言われているいま、不治の病とは言えないとはいえ、がんと告知されれば動揺する。まして若くして乳房切除をしなければならないとなると、悩みは深い。
本山聖子『おっぱいエール』(光文社)では、若年性乳がんにかかったもも、ココナッツ、ゆずと名乗る女性三人が主人公だ。ブログを通じて知り合い、同じ病の悩みを相談し合ってきた。これからの仕事や子どもを持つこと、結婚への心構えなど、立場は違うが、治療のため、将来の夢を一旦あきらめなくてはならないのは一緒だ。30歳前後という若さで人生の方向転換を考えなくてはならない。
病気なんて、自分が罹るまでは他人事だ。周りの反応は時に見当はずれ、時に冷酷である。その上抗がん剤の副作用はさらに心身を痛めつける。
疲れた三人は、心おきなく温泉に入りたいと旅行を企画する。初対面でもすぐ打ち解け、誰に気兼ねすることなく話し合うことで勇気を分かち合った。
著者自身が乳がん経験者だけに、心理状態や副作用の症状の描写はリアルだ。だが仲間を持つことで明るく前むきになる物語は終始明るい。病気だけでなく、人生の岐路に立つ人への応援歌が聞こえるようだ。