[本の森 歴史・時代]『按針』仁志耕一郎

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按針【あんじん】

『按針【あんじん】』

著者
仁志 耕一郎 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784150314279
発売日
2020/04/10
価格
1,034円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]『按針』仁志耕一郎

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 緊急事態宣言により、今年のGWは、地元の岩手に帰省することも叶わず、自宅から出ず、ひたすら本を読んでいた。せっかくの機会なので、故郷が舞台となっている作品を読み返そうと思い、高橋克彦氏の『風の陣』、『火怨』、『炎立つ』、『天を衝く』(いずれも講談社文庫)という蝦夷四部作を全て再読した。所謂、読書帰省だ。

 高橋克彦という作家は、東北の歴史を蝦夷の手に取り戻してくれた人だと思う。

 正史とは、中央の権力者が自らの正当性を主張するために記した記録が公の歴史となり後世に伝えられているに過ぎない。しかし、それは真実の一部でしかない。そこには、敗者の歴史が存在しないのだから。敗者の歴史もまた真実である。その二つの真実の狭間に、事実としての歴史が存在する。数少ない記録の狭間を、氏の想像力で補いながら東北の歴史の礎を築いた先住民族・蝦夷を描くことで、真の東北の姿を後世に残すのだという揺ぎ無い信念が滲み出る作品群となっている。

 7月には、『火怨』の主人公・阿弖流為の死から七十五年後の蝦夷の民と朝廷との戦いを描いた『水壁』が文庫化される。陸奥を舞台とした争いの中で唯一蝦夷が朝廷に勝利したと記されている元慶の乱と呼ばれた戦いは、蝦夷の民にとってどんな意味があったのだろうか。歴史時代小説の醍醐味を存分に味わうことが出来る作品となっているので、ぜひお読みいただきたい。

 仁志耕一郎『按針』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)も、記録に残されていない歴史を、著者独自の仮説を元に組み立てた作品といってもいいだろう。本書は、三浦按針(本名ウィリアム・アダムス)の激動の生涯を描いた伝記小説である。同時に、異国人である彼の眼を通じ、当時の世界情勢と徳川時代黎明期における日本と日本人の姿を描いた冒険歴史ロマン小説となっている。

 関ヶ原の戦いの約半年前、豊後臼杵に漂着したオランダ船・リーフデ号に乗船して生き残った船員の中で、最も知られている人物が、本書の主人公である按針ではないだろうか。歴史の教科書にも取り上げられ、家康が力量を高く評価し、外交顧問として召し抱えられたという史実をご存じの方も多いだろう。様々な形で公の記録として歴史に名を残している按針だが、妻との間に生まれた二人の子どもの記録があるにも拘わらず、彼の日本人妻についての史料は残っておらず、謎に包まれている。

 著者は、どんな仮説を元に、その謎をどのようにして解き明かしたのだろうか。

 本書もまた、歴史小説の醍醐味を感じさせてくれる一冊だった。

新潮社 小説新潮
2020年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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