【ニューエンタメ書評】月村了衛『奈落で踊れ』、長岡弘樹『つながりません スクリプター事件File』ほか

レビュー

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  • 奈落で踊れ
  • 代表取締役アイドル
  • 妖の掟
  • 信州吸血城 源平妖乱
  • 紅蓮浄土 石山合戦記

書籍情報:openBD

エンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

梅雨明けが待たれるこの頃、外出もまだまだ不安な日々ですね。時節柄、家でじっくり読書をどうぞ。力作9点を紹介します!

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 日本が危機に陥るたびに、政府、政治家、企業の劣化が明らかになる。まずは、それを指摘 する作品を紹介したい。旧大蔵省のキャリア官僚が、歌舞伎町にあった高級ノーパンしゃぶしゃぶ店で接待を受けた事件をモデルにした月村了衛『奈落で踊れ』(朝日新聞出版)は、戦後史を騒がせた事件をノワールに仕立て直している著者らしい作品といえる。
 一九九八年。大蔵省のキャリアで東大在学中から頭脳明晰ながら変人として有名だった香良洲は、ノーパンすき焼きの接待を受けていた同期の四人に穏便な処理を頼まれる。大蔵 省の方針に批判的な香良洲は、このスキャンダルを次官候補・幕辺の追い落としに使うため動き始める。
物語は入手すると戦いが有利になるノーパンすき焼き店の顧客リストの争奪戦で、香良洲がやくざや総会屋など裏社会の人間に接触すれば、幕辺は政治家や検察を動かして対抗する。フィクションと、新井将敬議員の自殺、自さ社連立で政権与党になるも支持率急落に苦しむ革新政党の動きなどの史実が融合しているだけに、物語のリアリティは圧倒的である。
 著者は、緊縮財政と消費増税が日本を滅ぼすと確信し、それを阻止するために策動する番良洲を通して、国民の生活より省益と党利を優先する為政者の実態を徹底して暴いており、現在の状況にも繋がるラスト一行には衝撃を受けるだろう。
 SF、ホラーの印象が強い小林泰三の新作『代表取締役アイドル』(文藝春秋)は、量子コンピュータをめぐるSF的なアイディアや、密室状態の研究所からデータが持ち出されるミス テリ的な謎もあるが、ほぼ純粋なお仕事小説である。
 握手会でメンバーが暴漢に襲われ活動を休止していた地下アイドルの河野ささらは、ワンマン社長の一言で、運と偶然で世界企業になったレトロフューチュリア株式会社の社外取締役になる。同族会社のレトロ社は、社長が会長に、その息子が新社長になり、過大な売り上げ目標も掲げた。そのしわ寄せは現場を直撃し、データ偽装や粉飾決算が相次ぐ。
 ささらは経営は素人だが純粋なゆえに、持ち株比率が低いのになぜか創業家が強い発言権を持っている、有能さをアピールするのが上手い人間が出世する、客観的なデータに基づ く製品開発構想や経営戦略がないなど、かつて世界一を謳われた日本企業が凋落した病理を浮き彫りにしていく。そのため、宮仕えをしている読者は身につまされるはずだ。
 終盤には日本企業が直面している負の連鎖を絶ち切る方法が暗示されており、それが実現するのを願ってやまない。
 警察小説、青春小説の名手として活躍している誉田哲也だが、デビュー作は、吸血鬼の闇神一族の紅鈴が猟奇殺人事件に巻き込まれるムー伝奇ノベル大賞優秀賞の『妖の華』であ り、闇神もののスピンオフ作品『吉原暗黒譚』などの伝奇小説が創作の柱になっていた。『妖の掟』(文藝春秋)は、一七年ぶりとなる『妖の華』の待望の続編である。
 闇神の紅鈴と欣治は、東京池袋にある古いアパートでひっそり暮していたが、ヤクザの事務所に仕掛けた盗聴器を回収 しているところを見つかり袋叩きに遭っていた情報屋の主 一を助けたことで、跡目争いに端を発するヤクザの抗争にかかわっていく。全編がエロスとバイオレンスといっても過言ではなく、中盤からは闇神、ヤクザ、警察が入り乱れる闘争に、古くから闇神を狩る一族も参戦してくるので、まさに血湧き肉躍る興奮が味わえる。永遠に命を保つことも可能な闇神と、簡単に死んでしまう人間を対比することで、生と死の意味を突き付けるテーマも深く印象に残る。
 武内涼『源平妖乱 信州吸血城』(祥伝社文庫)、吸血鬼が源平騒乱の裏側で暗躍していたとする『不死鬼源平妖乱』の続編である。本書は、血のメージが色濃く、随所に仕掛けが施された敵の屋敷も出てくることから、伝奇小説の名作の国枝史郎『神州縦績城』へのオマージュと思われる。
古代に日本へ渡来した血吸い鬼は、人を殺さない不殺生鬼、人の生血を吸って仲間を増やし人を殺す殺生鬼に分かれて争い、死んだ殺生鬼が蘇りさらに力を付けた不死鬼までを生み出していた。鞍馬寺に預けられていた時、殺生鬼に恋人と剣の師を殺された源義経は、殺生鬼と戦う組織・影御先に加わった。本書は、真言立川流と結んだ殺生鬼が拠点にして、いる屋敷を、義経と影御先が急襲する場面から始まる。ここからは、様々なタイプの殺生鬼との戦い、影御先の秘宝の争奪戦、政治的な陰謀劇が連続し、息つく暇がないほどである。
 人間対吸血鬼の図式は勧善懲悪になりがちだが、著者は人間を殺さない道を選んだ不殺生鬼を登場させることで、異なる価値観との共生は可能かを追究してみせたのである。
 天野純希は、島津家久を描いた『破天の剣』以降、歴史小説を中心にしてきたが、近年は雑賀のいくさ姫』などの伝奇小説が増えている。『紅蓮浄土 石山合戦記』 (KADOKAWA)も、その一つある。
 織田信長の伊勢攻めで家族を失った少女・千世は、本願寺の間者集団の棟梁・如雲に拾われた。厳しい修行を終え仲間と殺し合う最後の試練を経た千世は、本願寺の忍びになる。
 浄土真宗の教えを守るために戦い、死んでも極楽往生できると信じていた千世だが、派遣された伊勢長島の門徒が織田信長に虐殺される現場を目撃。親しくしていた少女を亡くし たことで、信徒を使い捨てる教団上層部に疑問を抱く。
 本来、宗教は人の心を平穏に導くものだが、宗教が原因の戦争は現在も行われているし、暗殺や爆破の実行を命じられたり、前線に送られたりする信徒も珍しくない。宗教が持つ マイナス面を象徴する千世は、重要なのに日本人が深い思索を避けている宗教とは何かを問い掛けているのである。
 古処誠二『ビルマに見た夢』(双葉社)は、第二次大戦中、日本軍が駐屯したビルマ(現ミャンマー)の山村地帯で兵站を担当する西隈軍曹を主人公にした連作短編集である。
 イギリス軍の空襲を予見する老婆が、飛行機の精霊の声を聞いているというのは本当なのか、それとも敵と内通しているのかを判断する「精霊は告げる」。殺生を禁じる仏教徒で あるという理由で、ベストを媒介する鼠を殺すことも、予防接種を拒否する村人を説得する「仏道に反して」。 西懐が、昼寝をするなど習慣を変えないビルマ人と、日本兵と同じように働くよう求める工兵の板挟みになる「ロンジーの教え」など収録の五編は、日本の価値観を絶対視しビルマの常識を受け入れない前線の現実を描いており、日本は白人にげられていたアジアの民衆を解放するために戦ったとする歴史観への皮肉になっていた。
 それだけでなく、外国人労働者なくして経済を維持できなくなった現代の日本で、異なる文化、宗教を持つ人々とどんな関係を結ぶべきなのかを考えるヒントも与えてくれる。
 長岡弘樹『つながりません。スクリプター事件File』 (角川春樹事務所)は、映画の制作現場で、バラバラに撮影したシーンを台本通りに繋いだ時に矛盾がないよう記録するスクリプターの真野韻を探偵役にした連作短編集である。
 著者の作品は、冒頭に謎が置かれ、それを探偵が解決する一般的なミステリとは異なり、どこに謎があるか、誰が探偵か分からないまま物語が進み、最後に謎の存在と意外な結末 が浮かび上がることが多い。ただ本書の収録作は、映画の撮 影中に主演女優が縊死する「火種』、中学生が撮影する映画に出る予定だったホームレスが事故に遭う「落下の向こう側」、倒叙ミステリの「ぼくが殺した女」「炎種」など、事件の輪郭がはっきりしている作品が多い。ただ謎解きが始まると、メインに見えた事件に思わぬ裏があったり、隠されていた伏線が別の事件を浮かび上がらせたりするので、どこで著者の術中に嵌まったのか分からないのではないだろうか。
 天祢涼『あの子の殺人計画』(文藝春秋)は、子供の貧困を描く社会派ミステリで、二〇一九年本屋大賞の発掘部門で最多票を集めた『希望が死んだ夜に』の続編である。
 神奈川県にあるJR川崎駅近くの路上で、風俗店のオーナーが刺殺された。捜査一課の真壁は、かつて被害者が経営する風俗店に勤めていたシングルマザーの椎名綺羅を疑うが、動機がなく、娘といたアリバイもあった。一方、母子家庭で母親の厳しい躾を当然と思っていた椎名きさらば、自分が虐待されていると気付き母親を殺す計画を立てる。本書は正統派の警察小説と倒叙ミステリが同時並行に進むが、二つのエピソードの接点に待ち受ける真相は、かなりのミステリ好きでも見抜けないはずだ。
 謎が解かれると、虐待が起こり、それが発見され難く、親から子へと連鎖するメカニズムも浮かび上がる本書は、虐待と向き合い、それを解決するために何をすべきかを突き付けたといえる。
 二〇二年二月二五日、ミステリ作家の浦賀和宏が逝去した。享年四一。まだ若すぎる死だった。常にトリッキーな作品を発表してきた著者の遺作となったのが、著者が生まれた川崎市を舞台にした『殺人都市川崎』(ハルキ文庫)である。
 近年、川崎はネットの世界で物騒な街といわれ、二〇一五年の中一殺人事件以降は特に悪評が高くなった。作中の川崎は、これに倣うかのように、低所得者ばかりが暮らして治安が悪く、成功した人間はすぐに出ていく場所とされている。しかも伝説の殺人鬼・奈良邦彦が復活、デート中に恋人を殺された少年・赤星は、殺人鬼に追われながら、その正体にたどり着こうとする。同じ頃、父親が出世し武蔵小杉に引っ越した赤星の元恋人・愛も、独自に奈良を調べていた。
 ミステリとしては、フェアとアンフェアのギリギリをついた変化球といえるが、読み直してみると周到な伏線に気付き、緻密な計算と切れ味の鋭さに驚かされる。露悪的なまでに川崎が限られているが、これは,民度といった曖昧な基準で、特定の人物や場所を見下す風潮の戯画に思えた。最後にとんでもない置き土産を残した著者の冥福を、心からお祈りしたい。

角川春樹事務所 ランティエ
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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