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証言者の思いとともに人の生き方、街の歴史をつむいだ記録
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
十九世紀半ばに開港した横浜はかつて「魅惑の洋妾」が迎えてくれる、男にとっての楽園だった。その「楽園」で戦後長く仕事をしていた老娼「ハマのメリーさん」を題材に、一九九七年、二十代前半の中村高寛はドキュメンタリーを撮ろうと考える。そこから始まった約十年間の舞台裏を明かしたのが、映画と同タイトルの『ヨコハマメリー』だ。
白塗りの顔、古いドレス、両手の荷物。伊勢佐木町などに姿を見せていた彼女は、しかし既に横浜を去っていた。失望のあとに中村は、メリーさんにかかわった人たちの声を採集することで彼女の輪郭を捕えてみよう、と方針を転換する。
家を持たないメリーさんに手を差し伸べたゲイのシャンソン歌手、着替える場所を提供していたクリーニング店の女性。不在の人間について語る彼らの肉声を使った「記録」は、証言者の人生を巻き込んで思いがけないものになっていく。一個人の生き方と街の歴史を重ね合わせた作品は、ラスト近くのあるシーンも話題になり、多くの観客を動員した。「人の過去に立ち入ることの僭越さ」について考え続け、苦悩した先にあった成功だった。
三山喬『ホームレス歌人のいた冬』(文春文庫)は、新聞の短歌投稿欄に現れた「ホームレス」を名乗る投稿者を探して、ジャーナリストが横浜のドヤ街を歩いたルポルタージュ。本名も顔もわからない人物を特定できるのかという本筋が、人の心を生かすものは何かというもうひとつの問いを包含して、一本の太いテーマになっていくのがいい。
「横浜のホームレス歌人」には先達がいた。田澤拓也『無用の達人 山崎方代』(角川ソフィア文庫)は、生涯を通じて周囲の人たちからの援助で暮らした放浪歌人の評伝。自費出版した歌集をラッシュ時の横浜駅や新宿駅の改札口で配ったというエピソードなど、奇行と虚言の数々に笑ってしまうが、自分の駄目さを照れながら差し出すような短歌の魅力と、人の情けを存分に借りられる人間力にいつの間にか惚れ惚れしていることに気付く。