直木賞・本屋大賞ノミネートで注目 作家・伊与原新が語る研究者から小説家へ転身した理由

インタビュー

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八月の銀の雪

『八月の銀の雪』

著者
伊与原 新 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103362135
発売日
2020/10/20
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「座・対談@オンライン」科学との幸せな出会いを

[文] 読書のいずみ

6.科学との出会い方


オンラインでインタビューに答える伊与原新さん

永井 『月まで三キロ』とか『八月の銀の雪』では普通の人と科学との出会いが書かれていますが、実際はそんなに出会いはないような気がします。伊与原さんは、研究者時代にそういう一般の人との出会いはありましたか。

伊与原 永井さんの言うとおりですね。だからこそ小説にする意味があるのかなと思います。

永井 そうですよね。やっぱりないですよね。実際にこういう出会いがあったら運がいいんだろうなと思います。

伊与原 多くの場合は科学との出会い方が不幸なんですね。「わけがわからなかった」とか「難しいなと思いました」で終わるとかね。そういう出会いがますます科学を遠ざけていくんです。せめて小説の中だけでも、追体験として、普通一般の、特に興味のない人に科学と幸せな出会い方をさせてあげられたらなと思います。

永井 そういうことなんですね。さっき伊与原さんがおっしゃっていた「啓蒙書は科学が好きな人に向けて書いている」というのもそうだし、研究所の一般公開も科学が好きな人しか来ないから。

伊与原 あと子供とかね。

永井 そうですね。子供は来ますね。

伊与原 一般向けのシンポジウムに出て話をしても、来場者は一般人じゃないですからね。元高校の理科の先生とか、元メーカーの研究者で定年になった人とか、そういう結構バリバリの人が多いです。鋭い質問とかも飛んできて、全然一般向けじゃないなと思うことが多いですよね。

永井 そうですよね。私もビックリしたことがあります。一般公開のはずなのに専門的だなって。もっと多くの人に科学に親しみを持ってほしいと思っていますが、科学と普段関わりない人に向けて科学者が出来ることって、何があると思いますか。

伊与原 難しいですね。それは多くの科学者がずっと感じていることですよね。研究者が自分の研究について面白そうに話す場が少ないのかなと感じています。役に立つとか社会的な意義とかを抜きにして、そういうことを面白いと発信できる場がもっとあるといいんだけど。それをサイエンスカフェとかでやるとサイエンス好きな人しか集まってこないですしね。

 この間、川上和人さんという鳥類学者の人と対談したんです。川上さんって、『鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ』(新潮文庫)で有名な人で、川上さんの本はとても面白くて笑えるところがいっぱいあるんですよ。ああいう本も上手な人が面白く書けば売れる。だから川上さんみたいな人は鳥類学に貢献してると思いますね。自分が面白くてこの研究をやっていますっていうことがたくさん、それも説教臭くなく書いてあって、しかも笑える素晴らしい本でした。昆虫の話も売れますもんね、『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎/光文社新書)とか。やり方次第ではエンターテインメントとして、あまり興味がない人にも受け入れられるんです。誰もができるわけじゃないですけどね。

永井 難しいですよね。私が自分の研究のことを家族や友達に話すときも、面白く伝えるのは大変だなあといつも思います。

永井 それでは最後にお聞きします。今後はどんな作品を書いていきたいですか。

伊与原 『月まで三キロ』とか『八月の銀の雪』みたいな話も続けて書いていこうと思いますが、『ブルーネス』のようなもうちょっとスケール感がある、近未来の話とかも書いていきたいです。多分科学とか研究の世界から離れることはないと思うので、その分野でいこうとは思っていますが……。『ブルーネス』(文春文庫)は自分の作品の中でもすごく好きなんですけど、全然売れなかったという悲しい本なんです。

永井 そうなんですか。『ブルーネス』はやはり自分の研究に一番近いお話なので、私もすごく好きです。ちなみにそのスケール感の大きい話は、どのような人に向けて書こうと思っていますか。

伊与原 ターゲットは特に決めていませんが、『月まで三キロ』や『八月の銀の雪』は年齢が上の女性にわりと読まれたので、そういう層ではない(笑)、どちらかというとミステリーとか冒険小説が好きな人に向けて書くのかなと思います。

永井 これからも作品を楽しみにしています。今日はありがとうございました。

(取材日:2020年10月30日)

 ***

伊与原新(いよはら・しん)
1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。富山大学で助教を務めながら書いた『お台場アイランドベイビー』(角川書店)で2010年横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年、『月まで三キロ』(新潮社)で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞。その他の著書に、『リケジョ!』(角川文庫)、『梟のシエスタ』(光文社)、『蝶が舞ったら、謎のち晴れ──気象予報士・蝶子の推理』『磁極反転の日』(以上、新潮文庫)、『ルカの方舟』『コンタミ 科学汚染』(以上、講談社文庫)、『博物館のファントム──箕作博士の事件簿』(集英社文庫)、『青ノ果テ──花巻農芸高校地学部の夏』(新潮文庫nex)、『ブルーネス』(文春文庫)がある。最新刊は『八月の銀の雪』(新潮社)。

インタビュアー:永井はるか(東京大学大学院 理学系研究科地球惑星科学専攻M1)

読書のいずみ
165号冬号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

全国大学生活協同組合連合会

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