『江戸川乱歩名作選』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
絵の中の少女に恋する男 今を予言した小説
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「片思い」です
***
片恋(かたこい)はときに狂恋となる。江戸川乱歩の「押絵と旅する男」(『江戸川乱歩名作選』所収)は、押絵(人などの形に布を切り抜き、綿を入れて板や紙に貼り付けたもの)の美少女に焦がれるあまり自分も絵の中に入ってしまった男の物語だ。ありえない話が、ぞわぞわするようなリアリティをもって語られる。
語り手の「私」は、夕暮れの汽車の中で、奇妙な男と出会う。その男が持っていた額の中には、一組の男女がいた。白髪頭の老人の膝に、振袖姿の美しい少女がしなだれかかっている。
男の話では、絵の中の老人は自分の兄で、浅草の凌雲閣(りょううんかく)から遠眼がね(双眼鏡)で下界を眺めていたときに見えた美少女に恋をした。実はその少女の姿は覗きからくりの中の押絵だった。
そうとわかっても少女をあきらめられない兄は、自分も絵の中に入ることを熱望する。そしてついにそれを果たすのである。
兄と少女が嬉しそうに寄り添うその額絵を、男は大枚をはたいて買った。それから30年がたち、少女は若いままなのに兄は醜く老い、それを恥じて苦しげな顔になってしまったのだという。
絵の中の少女と同じ世界に閉じこもって暮らすことを望んだ男。荒唐無稽な話のようだが、今となってはそうでもない。生身の女性には目もくれず、アニメの美少女に夢中になる男はいくらでもいて、「二次元嫁」なる言葉もあるほどだ。
本作が書かれたのは、今から90年以上前である。これも一種の予言小説ということか。