時間のつらなりで捉えたい 時代と連動する「名著」の条件
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
「文庫が売れなくなった」。出版関係者の多くが溜め息を漏らす。出版不況は今に始まったことではないとはいえ、ここ数年、スマホやタブレット等の「持ち運びできる情報端末」の利用が浸透したことで、文庫本がもつ特性自体の価値が大きく揺らいでいるのは間違いない。
八方ふさがりに見える状況のなか、明るいニュースをもたらしたのが、吉川浩満『理不尽な進化 増補新版』(ちくま文庫)だ。4月上旬に配本が開始されるや、二日足らずで重版が決定。現在Amazonでは在庫切れ状態になっている。
本書は2014年に朝日出版社から単行本として刊行されたものの改訂版だ。ポイントは“進化論がどう受け取られてきたか”にスポットを当てている点。生物の進化を“生き残り”の観点から見る―つまりはサクセスストーリーに引きずられがちな私たちの視野の偏りを鮮やかに穿ち、“絶滅”という観点から歴史を捉えかえすことで、俗説が人びとを魅了する構造を浮かび上がらせる。
「新書4冊ぶんくらいの知的興奮が味わえるような本。一読して惚れ込みました。最終的に文庫化を承諾してくださった朝日出版社さんには感謝してもし尽くせません」(担当編集者)
文庫版の特徴のひとつが、単行本版の“著者解題”とも呼べるものが付録としてついている点だろう。例えば16年のベストセラー『ざんねんないきもの事典』をはじめとする類似本のブームについて言及しているのだが、まさに人びとの問題意識が同時多発的に連動していく事実が実感を伴って伝わってくる。
ちくま文庫といえば、アメリカ在住の黒人女性たちの声を集めた1986年の名著『ブルースだってただの唄』(藤本和子)の復刊も記憶に新しい。折しも昨年のBLM運動の高まりとも連動し、刊行から半年足らずで3刷に至った。
名著というのは点の情報の集合ではなく、線や面で考え続けるべきものなのだろう。「その本が刊行された時点の社会の姿を含め、書かれた内容の意味や意義が時間のつらなりのなかで捉えられるような形で文庫化していくことが使命だと思っています」(同)