“光”とも“闇”とも違う元アイドルの“等身大”

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

若いカワイイからの卒業

『若いカワイイからの卒業』

著者
遠藤舞 [著]
出版社
リットーミュージック
ISBN
9784845635924
発売日
2021/02/19
価格
1,650円(税込)

“光”とも“闇”とも違う元アイドルの“等身大”

[レビュアー] 竹中夏海(振付師)

 遠藤舞というアイドルは現役時代から異質な存在であった。

「元アイドルがアイドル時代を振り返り、本を出す」と聞いて世の中が期待することはなんだろう。赤裸々な暴露本? 誰もが泣ける苦労話? 整形、バイト、摂食障害……。結論から言えば、それらのテーマはこの本でもしっかり取り上げられている。ただし、語り口はスキャンダラスという響きからは程遠い。

 そのためか、ネットでは「大きな失敗談はあまり書かれていない」と肩透かしを食らった感想も見かける。思わず「残念でした~」とほくそ笑んでしまう。

 世間には、「アイドル」という強い光を放ちがちなその職業に、どうしても対極の闇を求める人々がいる。その方が分かりやすいしドラマチックなのだろう。だからアイドルが泣き崩れるような密着取材や残酷ショーは一定の需要が未だにある。それをきっかけに応援されることもあるのだから、本人が納得しているのなら別に悪くはないと思う。

 だけどそれと同じくらい、アイドルにお気楽な部分があったっていい。肩肘を張らなくたっていい。アイドリング!!!の元リーダー・遠藤舞は、当時からそうした空気感を纏う妙なアイドルだった。喩えるなら、キラキラした少女漫画誌『りぼん』の中で見つけた「ちびまる子ちゃん」のような佇まい。

 ひたひたと胸に広がる「もしかしてこの面白さに気づいているのは、まだ自分だけでは?」という錯覚。端整な顔立ちと確かすぎる歌唱力から彼女に正統派の印象を抱くひとは多かった。だが、本人から発信されるものに触れ、そうした味わいを感じたファンも少なくなかったはずだ。その謎が、本書で少し明らかになっている。

 遠藤舞は、誰に対しても対等なのだ。大所帯のグループに属すると常に身近に比較対象がいる。多感な年頃の少女の多くはそうした環境下で、誰々よりは上とか下とか、優越感や劣等感を抱く。ところが遠藤はメンバーもファンも、ファンから突如譲り受けたクワガタまでもを当たり前に尊重する。その理由が本書を読み進めていくとわかる。

 そんな彼女が現在ボイストレーナーに就いて、良い先生にならないはずがない。本人は「何の本だかよくわかんない」と書いているが、一貫しているのは後輩や教え子たちへのさりげない激励の気持ちだ。敢えて定義付けるならば、これは元アイドルの暴露本でもサクセスストーリーでもなく、先生から生徒に向けた愛溢れる手紙なのだと私は思う。

新潮社 週刊新潮
2021年6月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク