映画のメリーゴーラウンド 川本三郎著
[レビュアー] 太田和彦(作家)
◆豊かな連想 細部にこだわり
読売文学賞、毎日出版文化賞などを受賞した著者は、映画書も数多い。特徴は、監督論、作品評にとどまらない、多角的なアプローチにある。
『今ひとたびの戦後日本映画』は、映画が戦後をどうとらえ、表現したかを痛切に教えた。大女優十七人のインタビュー『君美(うる)わしく』は、完璧な準備のうえで敬意に満ち、憧れを満足させる。
場所の意味をみる『銀幕の東京』『銀幕の銀座』。ロケ地を巡る『日本映画を歩く』『「男はつらいよ」を旅する』。お好きらしい『あの映画に、この鉄道』。なかでも、豆腐や縁側、編み物、銭湯、停電、タイピストなど小道具や風俗を大成した『映画の昭和雑貨店』全五巻は圧巻の、目で見る時代史となった。
映画はあくまで「そこに何が、どんな意図で写っているか」が根本。その楽しみ方を広げ続ける新刊は、さらに新しい方法だ。
それは「尻取り遊び」(著者の言葉)。章見出し一例、<デヴィッド・リーン監督『逢(あい)びき』の話から…林芙美子、シューベルトが好きな黒澤明…『未完成交響楽』につながりました。><シューベルトが使われた『男はつらいよ』の話から…宮崎駿の『風立ちぬ』…隅田川のポンポン蒸気につながりました。>
風景や小道具(ハーモニカとか)、似た台詞(せりふ)、同じ曲(ラフマニノフとか)、場面(入浴とか)などから、東西新旧の作品を自在に横断してゆく。
映画好きと話すと作品論や監督論は全く出ず、あのロケ地は、あの橋は、あの建物は、などばかり。<通常の映画批評ではまず語られない、忘れられがちなディテイルをよみがえらせる試み>。ギャングの手慰みを、鉄道模型、コイン投げ、ビー玉、くるみ割り、馬好きと連ねる面白さ。
圧倒的な数を見て記憶し、正確な検証がなければ、これだけの豊かな連想は書けない。私は読みながらわくわくする気持ちを抑えられず、これ見なきゃ、これ再見、の傍線ばかりになった。
映画を満喫するとはまさにこのこと。映画好きには罪作りな本です。
(文芸春秋・1980円)
1944年生まれ。評論家。著書『大正幻影』『荷風と東京』『白秋望景』など。
◆もう1冊
川本三郎著『映画の中にある如く』(キネマ旬報社)