少女マンガ界の“トキワ荘” 大泉サロンで起きたこと

レビュー

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一度きりの大泉の話

『一度きりの大泉の話』

著者
萩尾 望都 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309029627
発売日
2021/04/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

少女マンガ界の“トキワ荘” 大泉サロンで起きたこと

[レビュアー] 唐沢俊一(評論家)

 奇書である。

 内容は、若き著者をはじめ竹宮惠子、山岸凉子、山田ミネコなど、後に少女マンガの世界を変革する才能が集っていた、俗称“大泉サロン”の記録と、その消滅の真相を語った貴重な証言、ということになる。

 だが、少女マンガ界における正真正銘の“天才”が、自身の天才性にまったく無自覚のまま、自らを被害者として大泉サロン崩壊のことを語った本、という視点で見れば、本書は確かに“奇書”であろう。

 若き萩尾望都は、マンガ家として活動するため九州から上京。すでに若手マンガ家としてその地位を確立していた竹宮惠子に出会い、1970年から練馬区大泉で共同生活を始める。その周囲には同じくマンガ家として成功を目指す若き才能が集まり、サロンが形成される。その歴史的なグループの消滅のきっかけとなったのが、竹宮と萩尾の絶縁だった。

 ある日、竹宮が萩尾に「あなたの『ポーの一族』は私が描こうとしている作品(後の『風と木の詩』)の盗作ではないのか」と詰問し、互いに距離を置くことを宣言する。

 この宣言に萩尾は涙が止まらなくなるほどのショックを受け、何が悪かったのか自問する。だが答えは得られず、結局、竹宮との交際を一切断つ道を選び、それから今にいたるまで竹宮の作品は(『風と木の詩』を含め)一作も読んでいないという。

 本書で萩尾は、自分を対人関係構築の下手なドジとして描いている。その上で、好きなものを好きに描いている自分に対し、少女マンガ革命を目指す理想家の竹宮には、自分の姿勢が気に障ったのだろうと分析している。

 だが、この分析には大きな穴がある。言うまでもなく、萩尾が、誰もが認める“天才”だということである。

 創作者という、己れの才能だけが生き残る術の職業において、明らかに敵わない才能の持ち主が近くにいて、しかもその人物が才能に自覚なく、自分が描こうと思っていたテーマで作品を発表したら……。竹宮のパニックはよくわかるし、マンガ界ではよくある話である。

 本書執筆にあたり、著者は昔のメモを読み返したり、当時の事情を知る人に話を聞いたり、正確さにかなりこだわっている。しかし、いちばん肝心な、「天才である自分」のことにはひと言も触れていない。そのために、萩尾望都作品の凄さを知る読者には、なんとも大きな欠損を感じさせる。

 本書を奇書と呼ぶ所以である。

新潮社 週刊新潮
2021年6月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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