中世の日本人の価値観から考える“生きづらさ”の背景 光浦靖子が歴史学者・清水克行と語る

対談・鼎談

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室町は今日もハードボイルド

『室町は今日もハードボイルド』

著者
清水 克行 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103541615
発売日
2021/06/17
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

光浦靖子×清水克行 フリーダムな室町時代に憧れて/『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』刊行記念対談

[文] 新潮社


光浦靖子さんと清水克行さん

現代の日本は生きづらい社会なのか? では昔はどうだったのか?

歴史解釈の持つ多様性に興味を惹かれて研究者になった清水克行さんと、コロナ禍で一度は留学の夢を断念し、現代日本の生きづらさをリアルに抱える光浦靖子さん。研究者と芸人という他分野のお二人が、独自の規範に基づいて生活していた室町時代の価値観を共有しながら、複雑なカルチャーとイシューを抱える現代社会に対する捉え方を語り合いました。

今回は、「日本人像」を根底から覆す時代考察をまとめた清水克行さんの新刊『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』の刊行を記念して、小説誌「小説新潮」(2021年7月号)誌上で行われた対談を特別に公開します。

無茶苦茶に生きてた室町人


清水克行さん

清水 ご無沙汰しています。以前、知恵泉(編集部注:NHKの歴史番組「先人たちの底力 知恵泉」)で何度かご一緒させていただきまして、それ以来ですよね。

光浦 そうそう! 知恵泉でも、お正月のスペシャル番組でもお目にかかりました。

清水 その節はずいぶん助けていただいて、お世話になりました。今回、新刊の刊行記念対談でどなたとお話ししたいですか、と編集者さんから相談を受けて、光浦さんだったら安心してお話しできると思って来ていただきました。本当にありがとうございます。

光浦 いえいえとんでもない。『室町は今日もハードボイルド』拝読しました。すごく面白かったです。室町時代ってほんと無茶苦茶な時代だったんですね(笑)。でも当時はその無茶苦茶さが普通だったんですよね。

清水 嬉しいご感想です。ありがとうございます。

光浦 私、清水先生にはそのことをぜひ声高に言っていただきたいです。時代が変わるんだから、常識が変わるのも当然ですよね。昔の発言やエピソードを引っ張り出して、今の常識に照らし合わせるとおかしいと非難したり、昔話してたことと整合性が取れてない、昔と意見が違うと言ったりするじゃないですか。言われる立場からすると厳しいなあ、生きづらいなあと感じます。

清水 キャンセルカルチャーというやつですね。アメリカを中心に、最近は日本でも社会問題になっています。SNSの普及によってキャンセルカルチャーが拡大されたとも言われていますね。

光浦 そう、それです。キャンセルカルチャーを否定はしてないんですが、行き過ぎたキャンセルカルチャーが……。

清水 でも、時代を超えて「やっぱり駄目でしょう」ということもあるから、ややこしいですよね。

光浦 そうなんですよね。

清水 長い間メディアの世界で生きていらっしゃる光浦さんは、一度発言したことが記録に残りやすいので、なおさら生きづらさを感じることが多いでしょう。こういう時代になったことの理由はいろいろあると思いますが、一つはコロナの影響もあるのかなと感じています。コロナ禍で生きづらい環境になって、みんなストレスを抱えている。だから、叩けるところを見つけるとみんなで叩いてしまうんですよね。

光浦 そう。『室町は今日もハードボイルド』を読むと、室町の人々なんてみんな、正義感に駆られてとんでもないことやってるじゃないですか。それがほんとに面白くって。

清水 そうですよね。どういうエピソードを気に入っていただけましたか?

光浦 たとえば第二話の「山賊・海賊のはなし びわ湖無差別殺傷事件」で紹介されていた、琵琶湖の海賊、兵庫の話とかびっくりしました。兵庫は、なんの罪もない旅人を十六人も殺してもなんとも思わなかったのに、息子が起こした事件の全貌を知った父親が責任を取って身代わりに切腹したら、それにはショックを受けて出家したとか。

清水 命の価値が釣り合ってないですよね。しかも、当時の人々はその話を、どんな悪人でも、出家すれば救済されるという、いい話として紹介しているんです。

光浦 第六話の「枡のはなし みんなちがって、みんないい」も、枡っていう計量器具すら大きさや容量がまちまちで、それでもみんな不自由を感じることなく生活していたということに驚きました。

清水 現代からすると、室町人のおおらかさにはびっくりさせられますよね。

光浦 そういうことを、みんな知らないといけないよなあと思いました。その時代に合った正しさというものがあるんだよって。当時はこれが正しいとみんなが信じていたことが、時代が変わると違ってくることは、昔から沢山あるんだよって教えてあげたい気持ちです。

室町人とヤンキーの共通点


光浦靖子さん

清水 そう。でも一方でその反対もあります。例えば、命に価値があるという考え方は、それなりに一貫してるんですよ。違う価値観が併存しているというのが面白いところですね。

光浦 命の話で興味深かったのは第十一話の「切腹のはなし アイツだけは許さない」です。命と引き換えに要求を通そうという発想には、本当に驚かされましたよ。

清水 室町時代の人々は、今の感覚からすると命を軽んじすぎていますよね。現代人は個人というものがすごく大事だと教えられています。だから一人一人の命を大事にする。でも、あの時代は個人というのはあくまで家の構成要素の一つなんです。人生の究極の目標は、親から受け継いだものを子に引き継ぐこと。命のバトンを渡すことなんです。

光浦 すごい。DNAを繋ぐことが何より大事なんですね。

清水 そう。だから、もし自分が死んでも家が守られるのなら、自分が犠牲になることもいとわないと考えてるんだと思います。命より大事なものは家と名誉。

光浦 名誉ね。

清水 彼らにとって家の名誉は何より大事です。例えば、公家とか身分の高い人たちが集まる会議があるとします。その会議では席次を巡ってみんな大人げない喧嘩をするんですよ。例えば、僕が光浦さんを出し抜いて上座に座りたい、上位になりたいと思うとするじゃないですか。僕は光浦さんに本当の会議のスタートよりも少し遅い、うその集合時間を教えるんです。

光浦 え……器が小さいですね。

清水 光浦さんが遅れて会議に着いた時には、いつもの自分の席に僕が座ってるんですよ。そういう時、昔の人はどうすると思いますか?

光浦 どうだろう。今の人だったら黙って空いてる席に座りますよね。

清水 そうですよね。でもそれは絶対やっちゃいけないことです。

光浦 なんで?

清水 下座に座ったら、その席次を認めたことになっちゃうんです。

光浦 今後ずっとその席になるということですか?

清水 そうです、位が下がってしまう。だから、何もせずにそこから真っすぐ家に帰るんです。その空間を共有しない。サボタージュして、会議を含めた儀式には今後一切参加しないというポーズを取ります。もしも下座に座ったら、その瞬間から自分の地位がライバルより下になりますし、最悪の場合、自分の息子もそこの地位を甘んじることになります。

光浦 息子の代にも影響するんですね。

清水 それは許し難いことなので、セレブな貴族ですら、そういう大人げないことをやる。

光浦 今から考えたら席次ごときで大人げないと思いますが、現代に置き換えたら席次どころではない、もっと違うことなんでしょうね。

清水 そうですね。独特な規範があるんです。

光浦 室町の人々って、昔のヤンキーに近いなって思いながら読みました。弱い子からはお金をたかってもいいけど、ヤンキー仲間が少しでも傷つけられたら命懸けで守ったり復讐したりする。そういうことが美徳とされてたヤンキーマンガとかヤンキードラマ、昔は色々ありましたよね。流行ってたからいくつか見ましたけど、自分たちのルールを一途に守ってるわけだから、個人としてはいいやつなんだけど、そのルール自体がなんかおかしくない? っていうの沢山ありました。

清水 ヤンキーとかヤクザの世界には、この室町の人々のメンタリティーが流れ込んでいるように思います。世界各地にこういう実態ってあるんですよ。プリミティブな社会の普遍性というか、いろんな文化を取り払うと最後に残る共通した要素なのかもしれません。

 ***

清水克行(しみず・かつゆき)
1971年生まれ。明治大学商学部教授。歴史番組の解説や時代考証なども務める。著書に『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ)、『日本神判史』(中公新書)、『戦国大名と分国法』(岩波新書)、『耳鼻削ぎの日本史』(文春学藝ライブラリー)などがあるほか、ノンフィクション作家・高野秀行氏との対談『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(集英社文庫)が話題になった。最新刊は『室町は今日もハードボイルド 中世日本のアナーキーな世界』(新潮社)。

光浦靖子(みつうら・やすこ)
1971年生まれ。愛知県出身。幼なじみの大久保佳代子と「オアシズ」を結成。国民的バラエティ番組『めちゃ×2イケてるッ!』のレギュラーなどで活躍。また、手芸作家・文筆家としても活動し、著書に『靖子の夢』(スイッチパブリッシング)、『傷なめクロニクル』(講談社)など。最新刊は『50歳になりまして』『私が作って私がときめく自家発電ブローチ集』(どちらも文芸春秋)。

撮影:青木登

新潮社 小説新潮
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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