『高原英理恐怖譚集成』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
あらゆる闇を形にする高原英理の恐怖小説
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
なまぬるいホラーではあきたりない人に、本書の扉を開いていただきたい。高原英理が差し出すのは、人間の都合など一切忖度しない世界の恐ろしさだ。全十二編収録。とりわけ最初の「町の底」の闇は深い。
〈あとふたつ曲がったところと聞いている。顔が半分という。〉と、冒頭から不穏な空気が漂う。主人公は都市の怪談を探しては記事にすることを生業にしている。ある日、同業者に紹介されたネタが、彌虎町五丁目の路地に出没する〈顔が半分しかない少年〉の噂だった。同じ五丁目のある路地でも、切断された大人の足首が発見される事件が起こっていた。土地に詳しい老人は〈あそこは、町の底ですのでさ〉と言う。
国の補助金目当てに多数の孤児を引き取った村、消えた子供たち、やがて暴かれた村ぐるみの犯罪……。主人公が繙く〈町の底〉の歴史はおぞましいけれども、いかにも怪異を生みそうなリアリティのある出来事だ。因果関係が腑に落ちるのであまり怖くない。主人公が実際に〈町の底〉に行ってみると、何もない空き地だった。しかも、陽が当たって中央は明るい。ところが、この先に本当の〈町の底〉があるのだ。人間が世界についてわかった気になると、冷水を浴びせられる。そこが高原英理の恐怖小説の魅力だろう。底知れない闇は、次の「呪い田」にも拡がっている。「田」の付く名前の家で人が死んでいく話だ。呪いの法則にまつわる考察が論理的なだけに、さらに闇が濃くなる結末に慄く。
青年とゾンビになった恋人との対話が切ない「グレー・グレー」は雨の日の薄闇に、世にも凄艶なガール・ミーツ・ガール・ストーリー「影女抄」は古アパートの廊下の奥の暗がりに引き込まれる。ある映画撮影所をめぐる闇を描いた「闇の司」という傑作も収められているけれども、方言から韻文まで多彩な日本語でどんな闇でも形にしてしまう高原英理こそ、闇の司ではないか。