痛快無比な罵詈雑言の果てに――高低差の烈しい読み心地

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アフター・クロード

『アフター・クロード』

著者
アイリス・オーウェンス [著]/渡辺佐智江 [訳]
出版社
国書刊行会
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784336060631
発売日
2021/09/18
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

痛快無比な罵詈雑言の果てに――高低差の烈しい読み心地

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 お喋りな人を指して「口から先に生まれた」という言葉があるけれど、アイリス・オーウェンスが生み出したヒロインのハリエットは、さしずめ「辛口から先に生まれた」キャラクターだ。〈捨ててやった、クロードを。あのフランス人のドブネズミ〉という一文を皮切りに、発せられる言葉のほとんどは悪口雑言。しかも、次から次へと繰り出されるため、まず誰も反論することができない。

 パリから帰国した自分を居候させてくれた幼なじみに、見当違いの善意から酷いことをしでかして追い出され、途方に暮れていたところを拾ってくれたクロードからも三行半を突きつけられ……そう、ハリエットが捨てたのではなく、彼女のほうが捨てられたのが真相なのだ。一事が万事の大嘘つき。つまり、ハリエットは悪口名人というだけでなく、信用できない語り手選手権があったら決勝進出間違いなしの、最強にして最恐の登場人物なのである。

 セルフイメージが高く、悪いのは常に相手で、すべてを敵に回さないではいないハリエットの頭のいい語りが呆れつつも痛快なのだけれど、なぜそんな敵対的な喋り方しかできないかに思いが至ると胸が痛む。女の意見を受け止めることなく、女なんかに負けるのがイヤだから、いなしたりかわしたりする振る舞いでバカにしてくる男たちに対する怒り。男の飾り物になる対価として豊かな暮らしを享受する女たちへの苛立ち。

 だからこそ、クロードに追い出されて以降、怪しいカルト集団と出会い、この威勢のいい語りがトーンダウンする後半が切ない。どう考えてもハリエットより頭が悪いカルトの男に手玉に取られ、悲しい結末を迎えてしまう物語がつらい。オーウェンスという作家の知的で攻撃的なユーモアセンスに笑わせてもらっているうちに、しんしんと淋しい気持ちが募っていく。『アフター・クロード』は、そんな高低差の烈しい読み心地を誘う珍奇な逸品なのである。

新潮社 週刊新潮
2021年10月28日菊見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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