『あかずの扉の鍵貸します』
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人の運命に迷い込む 瀟洒な洋館が舞台のミステリー
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
金木犀の香り漂う洋館が舞台。館内は迷路のように広がる部屋の数々。洋館そのものが主人公のような小説。
火事で両親を失った水城朔実は、面倒を見てくれた遠縁の安川不二代から「あかずの間がほしい」と頼まれて、指示されるまま幻堂風彦を訪ねる。「まぼろし堂」と呼ばれる古い洋館には「あかずの間」があり、風彦が貸し出している、という。
秘密を封印する「あかずの間」に余命いくばくもない不二代が仕舞いたいものとは? 朔実は風彦とともに不二代の封印したい過去を辿ることになった。
洋館への興味と「あかずの間」を巡って起こる出来事にいつの間にか引きこまれていく朔実。異界のような洋館の主にして、古風な風貌の風彦に淡い思いを抱くが、彼は既婚者と知る。
下宿を兼ねている「まぼろし堂」の下宿人たちは個々に住まう理由があり、それぞれの事情は一筋縄ではいかない。隠したい過去がある者、世間から逃れてきた者、洋館の秘密を知りたい者、元下宿人だという風彦の妻もあらわれる……誰もが本当のことを伏せて、ここに居る。
身寄りのない朔実に隠したいような過去はないが、風彦への思いが高まるとともに、その行動は大胆になり、彼女は下宿人たちの運命を狂わせてきた「秘密」に足を踏み入れていく。人は誰かを愛するとき、自分の安全な世界を飛び出し、異界へと足を踏み入れるのかもしれない。
風彦自身、よんどころない事情から生を享け、その「秘密」が封印された洋館を受け継ぐ運命の下にある。
物言わぬ洋館に迷い込み、人の運命に迷い込む静かなミステリー。館内の描写が何とも魅力的。
〈あかずの扉を借りたい人は、隠したい秘密をこの世とあの世の狭間、消滅する一歩手前に置きたい人〉
あの世に持っていけない秘密は誰かに発見されるのを待っている。