長濱ねると早見和真がその才能に打ちのめされた小説家とは?

対談・鼎談

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

イノセント・デイズ

『イノセント・デイズ』

著者
早見 和真 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101206912
発売日
2017/03/01
価格
825円(税込)

書籍情報:openBD

未来の自分に期待して

[文] 新潮社


早見和真さんと長濱ねるさん

長濱ねる×早見和真・対談「未来の自分に期待して」

ミステリー小説『イノセント・デイズ』の大ファンという長濱ねるさんと、著者の早見和真さんとの対談後半。楽に生きられる時は来るのか、本当の「共感」とは何か、そして2人が衝撃を受けた作家とは――。(※前編と後編の2回に分けて掲載。この記事は「長濱ねるが親友から言われた忘れられないひと言とは?」の続きです。)

 ***

長濱 早見さんはこれまで生きてきて、何歳の頃がいちばん楽しかったですか?

早見 いまになっていちばん良かったと感じるのって、たぶんいちばん苦しかった時期ですね。

長濱 へぇ!

早見 デビュー作の『ひゃくはち』を書いている20代の中頃は、なんの保証もないし、収入も月に6万とか8万しかないような状況だったんです。不満ばかりだったし、一生こんな生活が続くんじゃないかと思っていました。でも、そういう時期こそが、輝かしい記憶になっちゃうんですよね。

長濱 私はいま23歳で、これから絶対によくなるはずだと思いながら、生きつないでいるところがあるんです。

早見 ちなみに、僕の23歳って、丸々一年くらいインドとかに行ってる時期なんです。そうやって旅行とかばかりしていたので、大学を3回留年して、25歳の時に内定していた就職先に入れなくなったんです。その時に、あてもなく小説を書いていて、2008年に30歳でデビューしました。当時、文章を書けてさえいれば幸せだと思っていた自分が、いま家族を養い、それなりに欲しいものも買える……という生活ができているなんて、夢みたいな話なんです。でも、つらさはね、消えないんです。

長濱 そうなんですか。

早見 いまも焦り続けているし、書くたびに、「またこんなものしか書けなかった」って毎回思いますし。だから、夢のない話をしますけど、いま長濱さんが23歳で苦しいのは、いつまでも晴れることなく……(笑)。

長濱 あぁ……(笑)。でも、それが真理な気がしますね。「何歳になったら楽になるよ」と言われるよりも、「ずっと苦しいよ」って言われる方が、納得できるかもしれない。

本当の「共感」とは?

長濱 今日はすごくおもしろい話ばかり伺っている気がします。共感って救いだと思いますし、自分と同じ人がいたというだけで心が晴れることがあるので、助かりますよね。

早見 でも、そこにさえ僕は疑いがあって、いま、あまりにも共感がもてはやされすぎていないか、という気持ちもあるんです。

長濱 いまもてはやされているのって、本当の意味での「共感」ではないと思います。

早見 なるほど。

長濱 SNSの「いいね」とかも、実際には心からの共感ではない方が多いと思います。だけど、「いいね」ボタンを押すことは「共感」として見られていて、その「共感」で数字もお金も動いていて。だからこそ、インフルエンサーがビジネスになっていると思うんです。でも、その「共感」って虚像なんじゃないかなって私はすごく思うんです。

早見 つまり、いま世の中に流通している「共感」とは違う言葉がどこかにあるはずだ、ということですよね。

長濱 そうです。こんなに安く使われすぎちゃうと、本当の「共感」をなんて表現したらいいのか……。

早見 たしかに、「共感」はいま、安売りされている感じがありますよね。

長濱 私たちの世代だと、友達付き合いで「いいね」を押したり、「いいね」を押してくれたから「いいね」を返そうっていうこともあるんです。それは別に悪いことじゃないし、深い意味を持っていないのに、数字に表れてしまうから、それに踊らされる人もたくさんいて。難しいですね。

早見 うん。でも、すごくしっくりきました。

長濱 世の中にもの申したいことがあっても、なかなか言えないですし、友達と話すことでもないので、やっぱり文章になるんですかね。

早見 長濱さんは絶対に書く人ですよね。遅かれ早かれ、絶対書く。絶対書くから、本当に(笑)。

長濱 (笑)。たとえば、これを言いたいとか伝えたいとか、もの申したいことがあるじゃないですか。でも、その言葉を使わないということですよね。それに行きつくために、フィクションを書いたり、違う文章を書いたりって、難しそうだなと思うんですけど……。

早見 でも、楽しいじゃないですか。普段、長濱さんがやっていることと、たぶん同じ作業なんだと思います。自分の中のモヤモヤの根元は何なんだ、この気持ち、この感情って何なんだろう……って探りに行く作業は、長濱さんも好きな人に見えるから。

いつかの自分に期待して

長濱 私自身、自信がない自分が根底にある中で、打ちひしがれることもすごくあるんです。例えば、同世代の子が書いた小説を読んだ時に、「うわ、こんな言葉知ってるの!?」とか、「こんな美しいなめらかな文章あるの!?」と思うことがあるんです。それでもあきらめずに書くんだというパワーは、どこからくるんですか。

早見 前提として言うと、いまの話は宇佐見りんさんのことですよね?

長濱 はい。

早見 やっぱりそうですよね。衝撃だったもんね。

長濱 すごいですよね。

早見 去年、僕は山本周五郎賞というエンターテインメントの賞をもらったんですけど、同じ時に三島由紀夫賞という純文学の受賞作が、宇佐見りんさんの『かか』だったんです。だから、「オレなんか前座だ」と思いながら授賞式に行きました。

長濱 それは絶対違うと思いますけど(笑)。

早見 いや、本当に思ってましたよ。「ど天才がいる!」って。

長濱 それこそ、私は小説デビューもしていないし、書き始めてもいないのに、宇佐見さんの小説を読んだ時にあきらめました、なにかを。

早見 それはよくわかります。僕は二十歳の頃、浪人生で、パチンコと麻雀しかしないようなダメ人間だったんです。大晦日も勉強せずにボーッと見ていた紅白歌合戦に、同い年の安室奈美恵さんが出てきて。それこそ、なんにも関係ないじゃないですか。なのに、「自分はこんなクソ野郎なのに、この人はこんなに輝いてる」と思って、ズタボロになりました。

長濱 (笑)。私たちはたぶん、自分に期待してるんですよね。「自分はやれる」と思っているから、勝手にライバル視して(笑)。

早見 本当に、そうですね。昨日までライバルだなんて思ってなかったんですから(笑)。

長濱 めちゃくちゃわかります(笑)。

早見 僕も素人時代から、すごい小説に触れた時は落ち込みました。小説家になってから、なにか変わるかと思ったんですけど、変わらないですね。でも、結局、これは僕をデビューさせてくれた集英社の担当編集者の受け売りなんですけど、「書く人間は書くことでしか切り拓いていけないから、つべこべ言わずに書け」というのが、僕の心にすごく残っていて。この、すごい小説にくらった気持ちを、ちゃんと自分の作品に持ち込むことが大事なんだ、という開き直りをするようになったんです。プロの作家になって以降は、まわりから聞く評価とか、装丁がまとっている雰囲気で、「これはオレを傷つける本かどうか」ってわかるようになりました。

長濱 え、すごい(笑)。じゃあ、読まないんですか、そういう本は。

早見 すぐには読めないんです。落ち込んでる場合じゃない時は拒絶する(笑)。でも、僕は本気で自分を凡夫だと思っているから、その作品を避けて通ることはできないんです。だから、いまならギリギリ落ち込んでもいいかな、という時に読むんですけど、やっぱり落ち込むんですよね。

長濱 でも、フィクションだから、自分の出来事を作品の中には書けないですよね?

早見 その直接的な感情を作品の中に持ち込むわけじゃないんです。「いま傷ついてる自分が、裸になって、さらけ出して書くこの一文こそが本物だ」という捉え方なんです。『イノセント・デイズ』と並行して連載していたのが、『ポンチョに夜明けの風はらませて』という、おバカな高校生の青春物語だったんです。ちょうど、『イノセント~』でいちばんしんどいシーンを書いた時に、僕の母が闘病の末に死ぬという出来事があって、その翌日から『ポンチョ~』を、つまり、笑える話を書かなくてはいけないタイミングがあったんです。その時に何とか乗り越えられたのは、「いま落ち込んでいる自分が書くおもしろ話こそが本物だ」という開き直りだったんです。

長濱 そうなんですか……。

早見 で、そのシーンは、のちにゲラで読み返した時に、すごく好きなシーンとして残ったんです。

長濱 それがどのシーンなのかは、あえておっしゃらないんですね?

早見 それは、だって、読んだ人に「つまらない」と思われたらイヤだもん(笑)。

長濱 なるほど(笑)。

感動が支えてくれる


早見和真さん

早見 長濱さんがエッセイ(「夕暮れの昼寝」、「ダ・ヴィンチ」連載中)の中で、〈早く歳を取りたい〉〈おばあちゃんになりたい〉と書いていましたよね。僕もすごく気持ちがわかります。僕も苦しいんです。だから、生まれてはじめて背負ってしまった「死ぬまで書いていたい」という欲望がある中で、でもある時に「お前、今日で書くの終わり」と言われた日のことを想像すると、いまの焦りから解放されて、すごく幸せな気持ちにもなるんです。その僕の感覚に、〈おばあちゃんになりたい〉という話は近いんじゃないかなと思ったんです。

長濱 私は、今日、早見さんのお話を聞くまで、「いつまで経っても苦しい」というのを大人の人に言われたことがなかったんです。「20代、楽しく遊んでおきなよ」とか、「30代になると楽になるよ」とか、いろいろな答えをもらってきた中で、「いつまで経っても苦しい」という早見さんのお話は、逆に助かりました。これから誰に出会っても、何をしても、結局、苦しむんだと思えたら、いちいち落ち込んでいたのが気にならなくなるし、自分はこの先もこういうものを抱えて生きていくんだろうな、と思いました。

早見 そうですね。根本の人間性は変わらないと思うから、たぶん、どんどん苦しくなりますよ(笑)。

長濱 きゃー(笑)。

早見 でも、少しずつ折り合える図太さも身につけていく気がするから。たぶん、瞬間瞬間での楽しいことが支えてくれるんだろうし、「こんな人と出会えた」とか「こんな本と出会えた」という瞬間はやっぱり幸せだし。その、たまに現れる感動が自分を支えてくれると思うので。僕もですけど、がんばりましょうね。

長濱 がんばります。ありがとうございました。

新潮社 波
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加