【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作ミステリー――高田大介『まほり』文庫巻末解説【解説:杉江松恋】

レビュー

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

まほり 上

『まほり 上』

著者
高田 大介 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041120491
発売日
2022/01/21
価格
704円(税込)

書籍情報:openBD

【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作ミステリー――高田大介『まほり』文庫巻末解説【解説:杉江松恋】

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

■角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

■高田大介『まほり』

まほり 上/下 著者 高田 大介
まほり 上/下 著者 高田 大介

▼高田大介初の民俗学ミステリー『まほり』試し読みはこちら
https://kadobun.jp/trial/mahori/cnhi8ln6qb4s.html

■高田大介『まほり』文庫巻末解説

解説
杉江 松恋(ミステリー評論家)  

 奇妙。
 どうしてそうなのか分からないが、とにかく普通とは違っている様子。
 奇妙ミステリーとしか言いようのない作品が、時折このジャンルには出現する。たとえば、知られざる禁教の世界を描いた和田はつ子『かくし念仏』(一九九八年。幻冬舎)。あるいは謎の絵画を巡る物語、柄澤齊『ロンド』(二〇〇二年。現・創元推理文庫)。その特徴は、作品の系譜が見えないことだと思う。いかなる影響関係もなく、ある日突然この世に出現する。「どうしてそうなのか分からないが、とにかく普通とは違っている」のである。分かっていることはただ一つ。使われている部品が細部に至るまですべてオリジナルだということだ。
 高田大介『まほり』もそうした奇妙ミステリーの一冊と言っていい。
 第四十五回メフィスト賞に輝いた『図書館の魔女』(二〇一三年。現・講談社文庫)が高田のデビュー作である。言語学の研究者である高田の本分が活かされた大部のファンタジーであり、刊行されるやたちまち店頭から本が消えて品切になったほどに注目を集めた。続篇『図書館の魔女 烏の伝言』(現・講談社文庫)も二〇一五年に出ており、作者のサイトによれば第三弾の『図書館の魔女 霆ける塔(仮題)』も刊行準備中とのことだ。
 ファンタジーの人だとすっかり思い込んでいたので、四年ぶりの新刊がミステリーだと知ったときにはかなり驚いた記憶がある。奥付によれば『まほり』の親本は二〇一九年十月二日にKADOKAWAから刊行された。今回が初の文庫化である。
 少年を視点人物として描かれる印象的な第一章の後、第二章で主人公の勝山裕が登場する。裕は大学院進学を真剣に考えている大学生だ。彼の糞がつくほどの真面目さを見込んで、同じゼミに在籍する学生たちが卒研グループ研究の手助けを頼み込んでくる。彼らのテーマは「都市伝説の伝播と変容」というもので、それを聞くなり「かつて文化人類学であったような説話の構造分析が必須になるだろう」がその「予備的な分析がまずもって主観的で恣意的なものに流れがちなのだ」と考えるあたり、融通の利かなさがよく出ているではないか。初めは気が乗らなかった裕だったが、学生たちが集めた説話の一つに関心を持ったことから、手助けの域を超えてフィールドワークにのめりこんでいくことになる。
 その説話の舞台は、奥利根のとある宿場町であった。街路のあちこちに二重丸を描いた紙が貼られていることに気づいた小学生たちが、それを辿っていくうちに奇怪なお堂を発見するという内容である。お堂を覗き込んだ一人が、中に「目隠しをした子供がいた」と言いだすあたりに怪談の域を超えた現実の手触りがあり、禍々しさをも感じさせる。
 調査を開始した裕は、まずお堂の場所を特定し、さらにその由緒を調べようとする。そのために必要な歴史学的なアプローチは、社会学者の卵である裕にとってはまったくの専門外である。学者らしく一次史料に当たろうとして、そもそも資料目録だけでも厖大な量が存在すると知らされて呆然とするのだ。ここから歴史という巨大な対象に取り組む裕の、知の冒険が始まる。証拠や証言を集めていってそこから結論を導き出すのがミステリーの探偵法だとすれば、その対象が史料に代わったということになる。裕の驚きは、演繹的推理のために必要な証拠を特定しようとしたところ、それがほぼ無限数に近いと知らされた探偵、と置き換えてみるとわかりやすい。演繹ではなくて帰納法でいかなくてはならないと知って、びっくりしてしまうわけである。ありうべき選択肢をすべて潰していけば残る可能性はいかにありそうでなくても真実だ、という消去法はこの分野では通用しない。
 二人の専門家から裕は助言を受けることになる。一人は歴史民俗博物館の学芸員である朝倉、もう一人は郷土資料館員の古賀である。歴史とは勝者によって記述されたものであり「残っていく歴史」には死角、つまり語られない部分ができると朝倉が考えるのに対し、史料がそこにあるという事実自体が重要で研究者がそれを恣意的に選り分けてはならないと古賀は言う。二人の主張はまったく対照的、と見えながら、実は史料のみに拠るという史学者としての基本は一致しているところがおもしろい。主観によって史料の真贋を判断してはならないと説く古賀は一方で「純粋に客観的であるような史料など原理的にありえない」「史料の伝存自体がすでに書いたものの底意、保存したものの意志の働きを帯びている」とも言っているのである。「客観性という幻想」に自覚的でなければならないという史学者の思考から、真実性が絶対的に担保された推理は不可能であるという、探偵の論理的な危うさを指摘した一連のミステリーに関する議論を連想する読者は多いだろう。史料分析という主題に関する議論がミステリーの謎解きに関するそれと同一の地平に辿り着くところに本書の独自性、「とにかく普通とは違っている」点がある。
 冒頭で取り上げられる都市伝説という話題は、一九八〇年代後半にジャン・ハロルド・ブルンヴァンの研究が翻訳紹介されたことがきっかけで日本でも注目されるようになった。宮本常一の民俗学などからも影響を受けた網野善彦が中世の非農業民に着目して既存史観の見直しを唱え、歴史学界に波紋を引き起こしていた時期もこれに重なる。一九六八年生まれの作者は、人文学の分野で起きていたそうした変化、学問領域がパラダイムシフトを起こしている時代に学生時代を過ごしたことになる。『まほり』にその痕跡を探すのは決して無理筋な読み方ではないはずだ。
 一目見たら忘れられない題名である『まほり』の語は、下巻の第十三章で初めて登場する。文中の伏線が重要な意味を持つ手がかりとして後に使用されるというのが謎解きミステリーにおいては大事な技巧である。真相が明かされた後で、そういえば「まほり」ってどこで出てきたんだっけ、と探したくなるはずなので書いておく。この手がかりを解釈するためにもミステリーでは普通使われないアプローチが用いられるのだが、読者の興を減じないためにここでは伏せる。この作者ならではのユニークなもの、とだけ書いておく。
 物語の後半では歴史的アプローチの極めつけとして、史料の原文を裕が検討することになる。返り点などを打たない、いわゆる白文なので馴染みがない人には辛いと思うが、ぜひ熟読していただきたい。小説の中に出てくる別の創作物を作中作と呼ぶが、それに近い味わいがある。過去に書かれた文章はそれ自体が物語なのだ。虚構の史料を用いて架空の過去を浮かび上がらせた他にない作中作ミステリー、とは言いすぎだろうか。作中では「間テクスト性」、すなわち対象の記述が先行する史料の影響を受けて変形する可能性について言及される箇所がある。別の文脈では「伝承が話を曲げる」とも。歴史記述は初めからありのまま存在したのではなく、その伝存自体が物語を内包するという古賀の発言に物語後半で読者はもう一度思いを馳せることになるだろう。
 作品の硬い部分を中心に言及してきたが、裕が中学時代の友人である飯山香織と再会してからの恋愛小説要素や、淳少年を視点人物としたひと夏の冒険的味つけなど、物語には柔構造も備わっているのでご安心を。青春小説的な物語運びを味わわせながら、段階を踏んで論理を展開し、意外な真相へと誘うのが本作の展開なのである。あえて触れなかったが、裕がこの調査に執心する背景には彼自身の出生に関わる問題が影響している。その要素は遠くの花火のように音のみをずっと響かせているのだが、ある時点で作品の中核と結びついてまったく別の風景を現出させることになる。すべての要素が開陳されたとき、胸中にはいくつかの思いが去来するはずである。一つは驚き、一つは過ぎ去った歴史の重さに対する畏敬の念、もう一つはたぶん郷愁の念だ。それらが入り混じった不思議な感覚を読者に嚙みしめさせながら、物語は幕を閉じる。
 高田大介、不思議な作家だ。消えない記憶を読者の心に刻み付ける。またとない記憶を。

■【祝! 発売後即・重版】
高田大介『まほり』作品紹介・あらすじ

【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作...
【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作…

まほり 上
著者 高田 大介
定価: 704円(本体640円+税)
発売日:2022年01月21日

まほりとは?蛇の目紋に秘められた忌まわしき因習とは?前代未聞の野心作
大学院で社会学研究科を目指して研究を続けている大学四年生の勝山裕。卒研グループの飲み会に誘われた彼は、その際に出た都市伝説に興味をひかれる。上州の村では、二重丸が書かれた紙がいたるところに貼られているというのだ。この蛇の目紋は何を意味するのか? ちょうどその村と出身地が近かった裕は、夏休みの帰郷のついでに調査を始めた。偶然、図書館で司書のバイトをしていた昔なじみの飯山香織と出会い、ともにフィールドワークを始めるが、調査の過程で出会った少年から不穏な噂を聞く。その村では少女が監禁されているというのだ! 謎が謎を呼ぶ。その解明の鍵は古文書に……?下巻へ続く。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322108000224

【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作...
【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作…

まほり 下
著者 高田 大介
定価: 704円(本体640円+税)
発売日:2022年01月21日

まほりとは?蛇の目紋に秘められた忌まわしき因習が今、明かされる――
主人公裕は、膨大な古文書のデータの中から上州に伝わる子間引きの風習や毛利神社や琴平神社の社名に注目し、資料と格闘する。裕がそこまでするには理由があった。父が決して語らなかった母親の系譜に関する手がかりを見つけるためでもあったのだ。大した成果が得られぬまま、やがて夏も終わりに近づくころ、巣守郷を独自調査していた少年・淳が警察に補導されてしまう。郷に監禁された少女を救おうとする淳と、裕の母親の出自を探す道が交差する時――。宮部みゆき、東雅夫、東えりか、杉江松絶賛の、前代未聞の伝奇ホラーミステリーにして青春ラブストーリー! 感動のラストまで目が離せない、超弩級エンターテインメント。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322108000230/

■高田大介さん、初!!の(メール)インタビュー!

【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作...
【祝! 発売後即・重版】消えない記憶を読者の心に刻み付ける、他にない作中作…

読書界・本読みのプロが激推しの民俗学ミステリー『まほり』(上・下)! フランス在住の高田大介さん、初!!の(メール)インタビュー!
https://www.bookbang.jp/review/article/725142

KADOKAWA カドブン
2022年02月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • このエントリーをはてなブックマークに追加