『フロイトとの対話』
- 著者
- ブレット・カー [著]/森 茂起 [訳]
- 出版社
- 人文書院
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/心理(学)
- ISBN
- 9784409340578
- 発売日
- 2022/03/24
- 価格
- 4,950円(税込)
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『フロイトとの対話』ブレット・カー著、森茂起訳
[レビュアー] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
■架空の言葉 調査で裏付け
タイトルを目にして、ドイツの詩人・作家であるエッカーマンが文豪ゲーテとの9年にわたる交流をもとに著した『ゲーテとの対話』を想起する人が多いに違いない。が、本書は別物だ。現役の精神分析家である著者が、オーストリアの心理学者、ジークムント・フロイト(1939年没)をあの世からウィーンのカフェに呼び出すという仕立てとなっている。
フロイト研究の第一人者である著者は、公表された論文や残された手紙だけではあきたらず、膨大な未発表資料やゴシップまでを自ら発掘し、関わりのあった存命中の人物に直接会って取材するなど、徹底的な調査を敢行した上でこの架空対話を書き上げた。つまり本書におけるフロイトの言葉には、確たる裏付けがあるということだ。ユーモアに富む著者の劇作能力は確かで、読み進めるうちに目の前で繰り広げられている対話劇を見ているような心地になる。
この対話劇を通じて読者は、ユダヤ人たるフロイトの成育歴、帝政末期のオーストリアの悲惨な社会状況(自殺の流行、売春と梅毒の蔓延(まんえん)など)、精神疾患のある患者に対するフロイト以前の残酷な治療法(身体的拘束、電気ショック、脳へのメス、性器の切除など)についての基本的な知識を得ると同時に、フロイトが創始した精神分析の基本的性質を容易に理解することができるだろう。プラトンの例を挙げるまでもなく、これぞ対話形式の効能というものだ。
フロイトの精神分析とは、人類史上どれほどの価値をもつものなのか。
フロイト自身は、コペルニクスの地動説やダーウィンの進化論と同列に考えていた。強烈な自負心である。コペルニクスは宇宙論的革命、ダーウィンは生物学的革命に道を開き、フロイトは心理学的革命を成し遂げたというわけだ。いずれも人類のおごりとそれに根差した平安をぶち破り、人類を凌辱(りょうじょく)した。
著者はフロイトにこう言わせる。「三つの打撃…三つの凌辱と言えるかもしれないが、それらは私たちの自己幻想を打ち砕く。私たちは、自分がそう信じたいと考えるほどには偉大ではないのだ」。フロイトの著作に弾(はじ)き返された人には、本書で再挑戦することをお勧めしたい。(人文書院・4950円)
評・桑原聡(文化部)