『スクイッド荘の殺人』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
間の抜けたギャグに仕込まれた伏線 熟練のマジックショーを楽しもう!
[レビュアー] 若林踏(書評家)
滑稽劇の舞台が突然、華麗なマジックショーへと変わる。東川篤哉『スクイッド荘の殺人』はそのような感覚を味わうことが出来る小説だ。
本書は東川がデビュー以来書き続けている〈烏賊川市〉シリーズの最新長編である。「いかがわし」という名の通り、この都市には変人ばかりが集っており、おまけに奇妙な犯罪が多く発生するのだ。事件に挑む主人公の鵜飼杜夫もまた変わり者で、市内で探偵事務所を構える私立探偵なのだが、いつも寒い冗談ばかりを連発して依頼人を怒らせる。探偵役というより、道化役と言った方が相応しく思える人物なのだ。
物語は鵜飼が地元の有名企業の社長である小峰三郎にボディーガードを依頼されるところから始まる。小峰は「裁きはまだ終わっていない」と書かれた脅迫状を受け取っており、クリスマス休暇を過ごす間だけ鵜飼に身辺警護してもらいたいという。小峰が休暇を過ごす先はスクイッド荘というホテルだ。断崖絶壁に立つその建物は、母屋からイカの足のように十本の小道が延びて十棟の離れに繋がるという奇妙な形をしていた。
怪しげな屋敷に胡散臭い人物が集い、ついには殺人が起きるという、いわゆる“館ミステリ”の正道を歩むかのように前半は見える。ところが中盤に差し掛かると全く別の趣向が加わり、時間的にも空間的にも謎解きのスケールが広がるのだ。お約束の展開と見せかけて意外な方向へと読者を導くところがまず巧い。
全編に亘って笑いの要素が満載で、特に後半はスラップスティックコメディの色合いが濃い場面が幾つも用意されている。だが油断することなかれ。東川篤哉は間の抜けたギャグの中に、謎解きを構築するための伏線や手掛かりを仕込む名人だ。本書でもその手腕は遺憾なく発揮されており、実に巧妙な手口で読者の目線を真実から逸らすことに成功している。その鮮やかな手つきは、まさに熟練の手品師を思わせるものだ。