【聞きたい。】原田ひ香さん 『古本食堂』
[文] 油原聡子
原田ひ香さん
■神保町グルメと人間模様
進路に悩む大学生の美希喜(みきき)。東京・神保町で古書店を営む大叔父が急逝し、店を引き継いだ大叔父の妹・珊瑚(さんご)を手伝いはじめ―。本と神保町グルメの魅力が詰まった心温まる物語だ。
創作のきっかけは、編集者から神保町を舞台にした作品を提案されたこと。
「歴史のある街。どんな物語があるか考えるうちに、絶版の本と食べ物が登場する小説を考えました」
古書店を訪れる人の悩みに応じて、珊瑚や美希喜は本を紹介する。小林カツ代著『お弁当作り ハッと驚く秘訣(ひけつ)集』から、19世紀のパリの風俗を描いた鹿島茂著『馬車が買いたい!』まで多様なジャンルの本が登場する。「いい本なのに絶版になってしまう本もある。古い本にも面白い本があることを伝えたかった。古書店はセレクトショップのようで、いつも読まない本に出会う良さもある」
執筆中はコロナ禍で図書館や書店が休まざるを得ないなど、紙の本の厳しい状況を実感した。「電子書籍のいいところもあります。でも、辛(つら)いニュースが多い時に、テレビを消して紙の本を読むことの良さもちょっと見えてきました」
物語の後半は「文化の継承」というテーマも浮かび上がる。日本の古典文学を学ぶ美希喜は古書店で働くことに関心を持ち始める。
著者も大学で中古文学を研究し、古典を学ぶ意味を考えたこともあった。今、社会の効率化が進む中でかえって、「非効率かもしれなくても、古いものを残していく、ということも書いていきたい」との思いも強くなったという。
物語を盛り上げるのが神保町グルメだ。老舗の欧風カレー、揚げたてのピロシキ…。食と本を通じ、人と人がつながり、ささやかな一歩を踏み出す様子が描かれた。「嫌な人が登場しない優しい物語になりました」と振り返る。温かな人間模様がコロナ禍で疲れた心を癒やしてくれる一冊だ。(角川春樹事務所・1760円)
油原聡子
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【プロフィル】原田ひ香
はらだ・ひか 昭和45年、神奈川県生まれ。平成19年、「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。『ランチ酒』シリーズや『三千円の使いかた』など著書多数。