かわいいだけじゃない、アザラシが抱える問題とは 日本唯一のアザラシ保護施設で働く飼育員の想い

インタビュー

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寝ても覚めてもアザラシ救助隊

『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』

著者
岡崎, 雅子, 1986-
出版社
実業之日本社
ISBN
9784408650135
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

かわいいだけじゃない、アザラシが抱える問題とは 日本唯一のアザラシ保護施設で働く飼育員の想い

[文] 実業之日本社

ただただ、アザラシのそばにいたくて―――幼い頃からの好きを貫き、念願のアザラシ飼育員に。保護活動と飼育に奮闘する日々のなかで見えてきた、愛するアザラシが抱える問題とは。

動物園や水族館で私たちを癒してくれる生き物たち。なかでも、アザラシは人気の海棲哺乳類です。

オホーツク海沿岸の港町・北海道紋別市には、日本で唯一のアザラシ保護施設「オホーツクとっかりセンター」があります。そこで飼育員として働く岡崎雅子さんは、10年間にわたり保護したアザラシを野生に帰す活動や、アザラシの飼育に携わってきました。6月に『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』を上梓した岡崎さんに、アザラシの魅力と保護活動、そして彼らが抱えている問題についてお話を伺いました。


著者の岡崎雅子さんと、イベントの相棒でもあるケンジくん。

 ***

――岡崎さんは、幼い頃に出会ったひとつのぬいぐるみがきっかけでアザラシに魅了されたそうですね。その頃から変わりなくアザラシの好きなところはあるのでしょうか。

岡崎雅子(以下、岡崎) 幼い頃の私は、アザラシのぬいぐるみの丸っこいフォルムとつぶらな瞳をとにかく気に入っていました。気に入っていたぬいぐるみは真っ白な赤ちゃんアザラシがモチーフで、本物のアザラシを保護している今でも、全身真っ白な赤ちゃんアザラシに出会うと、かなりテンションが上がります。

はじめは、ぬいぐるみ自体のフォルムや真っ白な姿を気に入っていたんですが、次第にアザラシという生物に惹かれていきました。アザラシ好きな方には共感していただけると思いますが、動物園や水族館でアザラシがただ寝ているだけの姿を延々と眺めていられます。昔から変わらず、一番好きなところは顔です。表情がとても豊かで、見ていて飽きることがありません。幸せそうな寝顔を見ると、見ているこっちまで幸せな気分になります。


海くん(右)とたくみくん(左)の幸せそうなお昼寝姿。

――「アザラシが好き」という気持ちを仕事に活かしたいと思ったのはなぜでしょうか。

岡崎 はじめは小学生の頃に担任だった先生から、「水族館で働きたいなら獣医さんになればいいんじゃない?」と言われたことがきっかけでした。当時は「アザラシが好き」→「水族館で働きたい」→「水族館の獣医さんになろう」という安易な考えで、将来の目標を決めました。

もともと、こうと決めたら周囲が一切目に入らなくなる極端な性格で、ひとつのことに熱中すると、他のことが手につかなくなってしまいます。そのため、趣味でアザラシを愛でるのではなく、「ただただ、アザラシのそばにいたい」という願いを叶えられる仕事を探していました。大学生の時にオホーツクとっかりセンターの存在を知り、アザラシと飼育員さんの距離の近さに感動して「働くならここしかない!」と決めました。

――紆余曲折ありながらも、念願の「オホーツクとっかりセンター」でアザラシの飼育員になってから、アザラシに対する“好き”に変化はありましたか。

岡崎 アザラシを好きな気持ちは日に日に増す一方で、それは10年経った今でも変わりません。飼育員になってからアザラシを顔で見分けられるようになると、さらに世界が広がりました。当たり前かもしれませんが、アザラシも人間と同じように、みんな顔が違うんです。他の動物園・水族館さんにいるアザラシや野生のアザラシを見ても、「とっかりセンターのあの子に似ているな」という見方をしてしまいます。そして、最終的には「うちの子が一番かわいいけど」となります(親バカです 笑)。

こんな発見もありました。アザラシの脇の下はとっても柔らかくて、触るとすごく気持ちいいんです。飼育員でなければ、なかなか触る機会のない部位だと思います。

――オホーツク海には4種類のアザラシが生息していますが、岡崎さんのこれまでの経験のなかでアザラシの種類ごとにも性格が異なるのでしょうか。

岡崎 あくまで「私が経験した個体は」ですが、これまでかかわってきたアザラシたちはみんな個性豊かで、種類ごとにも性格に傾向があるように感じています。

――岡崎さんはこれまで個性豊かなアザラシたちと出会い、著書でもとっかりセンターにいるアザラシたちとのエピソードを綴っています。心に残る1頭を挙げるとしたらどの子でしょうか。

岡崎 どの子も心に残る唯一無二の存在ですが、あえて1頭を挙げるとしたら、ゴマフアザラシのメス・キョロちゃんでしょうか。キョロちゃんは、全身が真っ白な毛に覆われた赤ちゃんの時に、とっかりセンターに保護されました。

「手のかかる子ほどかわいい」とはよく言ったもので、本当の娘のようにかわいがっています。ちょっとわがままな性格は、甘々な私の育て方のせいではないかと飼育員仲間に疑われています(笑)。


著書でもキョロちゃんのマイペースでチャーミングな性格を紹介している。

――保護活動のお話に移りたいと思います。まず、保護に至る経緯について教えてください。

岡崎 オホーツク海に生息するアザラシは流氷の上で生まれるんですが、独り立ちする前に母親とはぐれて迷子になってしまったり、独り立ち後に餌をうまく獲れなかったりケガをしたりして衰弱した子どものアザラシが、海岸に打ち上がることがあります。

そういった子が運良く人に発見されると、とっかりセンターに連絡が入り、現場でアザラシの状態を確認して、保護が必要だと判断された子はセンターに連れて帰ります。


保護現場。砂浜とアザラシの毛が同化して、見つけるのに苦労することもあるそう。

――著書のなかでは、保護の過程で使用する道具の工夫も紹介されていましたが、常に飼育員の皆さんでアイデアを出し合って保護や飼育に務めていらっしゃるのでしょうか。

岡崎 そうですね。たとえば薬の与え方です。錠剤は魚の身に埋め込んで与えれば、大抵の子は嫌がらずに飲み込んでくれますが、粉薬や液体の薬はただ口の中に入れるだけでは飲み込んでくれないので、工夫が必要です。

粉薬は、魚の内臓を取り除いてできた空洞に入れて与えたり、水で練って団子状にしたものを魚の身に埋め込んで与えたりしています。薬を練る時の水と粉薬の割合は薬の種類によって異なるので、いろいろ試してベストな割合を決めています。

液体の薬は、凍らせて錠剤と同じように与えようとしましたが上手く凍らず、ゼラチンのカプセルに入れて与えていました。同じ薬でも、気にせずに飲み込んでくれる子もいれば、器用に薬だけ吐き出す子もいます。そうなると、その子に合わせた与え方をまた考えなければなりません。

――保護してから野生に帰すまでのあいだ、様々な葛藤が生まれていると思います。

岡崎 私たちの保護活動は、まだまだ試行錯誤の真っ只中です。それでも、とっかりセンターに保護されるアザラシたちは、みんな必死に生きようとしています。それだけはまぎれもない事実です。そして、彼らは人間活動の犠牲者であるかもしれないのに、元気になると私たちに無邪気な姿を見せてくれます。

私たち飼育員がやるべきことは、海に帰る子たちには、厳しい野生の世界で生き残れるよう最善を尽くすこと、とっかりセンターに残る子たちには精いっぱいの愛情を注ぎ、とっかりセンターでの生活も悪くないと思ってもらえるよう努めることだと思っています。様々な葛藤はありますが、野生に帰る子もとっかりセンターに残る子も、みんな健やかに長生きしてほしいと願っています。

――アザラシの未来のために、私たちができることはあるのでしょうか。

岡崎 エコバッグやマイボトルを活用して不要なプラスチックごみを減らす、ごみをきちんと分別する、エネルギーの無駄遣いに気を付けるなど、少しの労力でできることがたくさんあります。

こうした小さな取り組みが、アザラシの未来だけでなく、私たち人間の未来も大きく変えていくと思います。地球環境や漁業被害など、アザラシが抱える複雑な問題や状況をこの本で知ってもらい、意識していただけたら嬉しいです。

 ***

可愛いという一面だけでなく、他人事とは思えない問題にアザラシがぶつかっていることも見えてきました。そういったことも含めてまるごとアザラシのことを知ってほしい、アザラシを好きになってもらえたら嬉しいという岡崎さんのアザラシ愛が溢れる著書は、現場のリアルな声が詰まっていて、アザラシ好きな人だけでなく、生物にかかわる仕事に興味のある人の一助となります。そして、きっとあなたの「これが好き」という気持ちを応援してくれる一冊になるでしょう。

実業之日本社
2022年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

実業之日本社

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