一人の女性の「生」から激動の映画史、日中関係史を描く「名著」――石井妙子、岸富美子『満映秘史』レビュー【評者:加藤 聖文】

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満映秘史 栄華、崩壊、中国映画草創

『満映秘史 栄華、崩壊、中国映画草創』

著者
石井 妙子 [著]/岸 富美子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784040824284
発売日
2022/07/08
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

一人の女性の「生」から激動の映画史、日中関係史を描く「名著」――石井妙子、岸富美子『満映秘史』レビュー【評者:加藤 聖文】

[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

■満映崩壊後に何が起きたか?当事者による最初で最後の証言で現れた事実!
石井 妙子、 岸 富美子著『満映秘史』書評

■石井 妙子、 岸 富美子著『満映秘史』

一人の女性の「生」から激動の映画史、日中関係史を描く「名著」――石井妙子、...
一人の女性の「生」から激動の映画史、日中関係史を描く「名著」――石井妙子、…

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■一人の女性の「生」から激動の映画史、日中関係史を描く「名著」――石井妙子、岸富美子『満映秘史』レビュー

■【評者:加藤聖文(歴史学者、人間文化研究機構国文学研究資料館准教授)】

 石井妙子氏は、一人の女性の人生を通してその時代の陰影を蘇らせる力を持つ希有な作家だ。最近は原節子や小池百合子といった有名人を取り上げることが多くなってしまったが、やはり初期の『おそめ』のような歴史に埋もれてしまった女性を扱うと筆が冴える。そんななかで、岸富美子という映画の編集者を扱った作品は、一年後に出して注目された『原節子の真実』の陰に隠れて長らく絶版だった。しかし、私は一人の女性の語りを通して激動の歴史を描いた隠れた「名著」と思う。今回、角川新書として多くの人に読んでもらえることになったのは何よりも喜ばしい。
 世の中の大半の人びとは、痕跡も残せずこの世を去って行く。なかでも、文字に頼らず見よう見まねで相伝する寡黙な職人の世界は、記録が残らないものだ。職人気質の日本映画も長い歴史がありながら、草創期は記録もほとんど残されていないので今では暗黒時代だ。なかでも、表舞台に現れない仕事はなおさら。編集者はそんな存在であり、フィルムからデジタルへ移り変わった現在では、誰かが語り残さなければやがて存在すらも忘れ去られてしまっただろう。
 岸の語りは、映画を陰で支えてきた人々の職人芸ともいえる仕事、そして女性が映画界で味わった悲哀、さらには有名無名の映画人が絡み合った日本映画界の人間模様を実に鮮やかに浮かび上がらせる。ただし、本書は単なる「日本映画こぼれ話」ではない。中盤からは、一人の女性の存在など芥子粒のように吹き飛んでしまう怒濤の歴史が展開される。ここからが、聞き手であり進行役でもある石井氏の本領が発揮される。
 満洲国の崩壊から新中国の誕生にいたる激動の歴史の前では、岸を含めた満映の映画人は、地位の高低も男女の性差も関係なく誰もが無力だ。しかし、嵐が過ぎ去った後、生き残った人びとは、自身の小さな人生が中国大陸のスケールの大きな歴史と結びついたことを自覚する。
 眼前の世界に生きた一人の女性としての岸の語りは、淡々として静かだが、体験者でしか持ち得ない圧倒的な歴史の迫力を帯びている。これは、石井氏の聞き手としての並々ならぬ力量があってこそ可能であった。偶然結ばれた語り手と聞き手の希有な「合作」である本書は、激動の時代に生きた一人の女性の記録にとどまらず、岸の人生と交差した人々――時代に翻弄された満映を始めとする多くの映画人――の生き様と苦悩を通した日本映画史、そして日中関係史の貴重な記録として長く読み継がれるだろう。

■【作品紹介】
『満映秘史』

満映秘史 栄華、崩壊、中国映画草創 著者 石井 妙子著者 岸 富美子 ...
満映秘史 栄華、崩壊、中国映画草創 著者 石井 妙子著者 岸 富美子 …

満映崩壊後に何が起きたか?当事者による最初で最後の証言で現れた事実!
社史すら存在しない封印史
満洲崩壊後、いったい何が起きたのか?
最後の満映社員が遺した衝撃の「事実」の数々。

中華人民共和国第一作の映画スタッフは日本人だった。
甘粕正彦が君臨し、李香蘭が花開いた国策映画会社・満洲映画協会。その実態、特に満洲崩壊後の軌跡は知られていない。
内田吐夢監督や元社員が詳細を話してこなかったからだ。
原節子主演の日独合作映画『新しき土』に参加後、満映に入社し、敗戦後は中国映画の草創を支えた映画編集者、岸富美子。
最後の証言者の氏が遺した秘史の数々!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000861/

KADOKAWA カドブン
2022年07月08日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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