定価1万5000円! ロックファン待望、奇跡の書『ロック・ファミリー・ツリー』は企画から11年の超大作

インタビュー

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ロック・ファミリー・ツリー

『ロック・ファミリー・ツリー』

著者
ピート・フレイム [著]/新井崇嗣 [訳]/瀬川憲一 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784622078029
発売日
2022/08/03
価格
16,500円(税込)

書籍情報:openBD

定価1万5000円! ロックの歴史を辿る『ロック・ファミリー・ツリー』は企画から11年の超大作

[文] 新潮社


ロックの歴史が詰まった1冊。定価1万5000円。重さ1.3キロのヘヴィー級

 ロックファンにとっては垂涎の書、あるいは「無人島に持って行く1冊」の筆頭候補といえるかもしれない。

『ロック・ファミリー・ツリー』(ピート・フレイム著 新井崇嗣・瀬川憲一訳/みすず書房)――31のファミリー・ツリー(系図)と膨大な解説・註釈で構成された同書はハードカバーで400頁。厚さ約4センチメートル。重量1.3キロ超。

詰め込まれた情報量は尋常ではない。

1つのツリーには複数のバンドの結成と解散のドラマが描かれている。そこに思いを馳せていれば、時間はいくらでも経つので無人島でもまったく退屈しない、というタイプのマニアには堪らない内容となっている。

怪著、奇書、貴重書、コレクターズアイテム……さまざまな表現が可能だろうが、手に取った誰しもが「作るのは大変だっただろうなあ」と思うのは確かだろう。

この本、そもそもどういういきさつで日本版刊行に至ったのか。

編集担当者に聞いてみると、企画が通ってから刊行に至るまで何と10年以上かかったという。価格は1万5000円(税別)とかなり思い切った設定になっているが、そこにもちゃんと理由がある。

特異な本の中身から刊行までの紆余曲折のドラマまで見てみよう。


頑丈なボール紙の箱に入っている

半世紀にわたる研究の成果

まずは同書がいかなる本なのかをご紹介しよう。

版元のホームページにはこうある。

「ザ・ビートルズを主軸にロックミュージックが躍動した60-70年代、アーティスト同士の相関関係を樹形図で表したファミリー・ツリーは、その後のポピュラー音楽研究に多大な影響を与えた。主要なロックバンドの変遷を表した31枚のツリーを観音綴じにし、著者コメントを全文訳出。50年代ロカビリーから70年代プログレッシブやニューウェイブに至るまで、同時代にアーティストたちと交流したピート・フレイムの極私的視座から、英米ロックの系譜を俯瞰したファン必読の書」

要するに、さまざまなロック・ミュージシャンの人事異動、バンドの離合集散を樹形図のような形で図解し、さらにそこに細かい解説、註釈を加えたものということになる。

著者のピート・フレイムは1942年生まれの音楽ジャーナリスト。キャリアは優に半世紀を超える。最初にファミリー・ツリーを作成したのも1971年にまで遡る。


ヤードバーズから始まるツリー。ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックらの動向が

系図にびっしりと書き込みが

この労作を理解するには、現物のファミリー・ツリーを見るのが近道だろう。

画像は表紙にも用いられているもので、ヤードバーズを起点としたファミリー・ツリーの一部。ヤードバーズは、一般にエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3人、いわゆる「3大ギタリスト」が在籍していたことで知られるイギリスのバンドとして知られる。

そのメンバーたちの動向、キャリアを系図にしたものがこれだ。

バンドの第1期は1963年6月~10月で、メンバーが誰で、そこから誰が抜けて誰が入って第2期を迎えて……という流れが理解できる仕掛けである。

これだけでも相当な情報量だが、ここにはヤードバーズ脱退以降のエリック・クラプトンの動向は含まれてない。それはそれでまた別の系図が作られて掲載されている。

しかもツリーには、著者による細かい註釈がびっしりと書き込まれている。結成時期、当時の状況、ちょっとしたエピソードや証言等々。レコードデビューに至っていない時期のバンド、リハーサルだけで終わったバンドまでも含まれている。おそらく当人たちも忘れているようなキャリアやエピソードも多いことだろう。

企画が通ったのは2011年

このファミリー・ツリーは、かねてから一部マニアにはよく知られた存在で、日本でも一部が雑誌等で紹介されたこともあった。

そのため何となく見た記憶があるという方もいらっしゃるだろう。

また、ロックの歴史を体系的に知ろうとすれば、必然的に行き当たる資料だとも言える。

好きなバンドの起源、気になるプレイヤーの詳しい経歴を知りたいときには、最適のテキストだからだ。一方で現物をご覧になればわかるように、これを書籍化し、翻訳するのは相当な手間がかかる。

さて、一体、どのような経緯で日本版の刊行に至ったのか。

担当編集者の八島慎治さん(みすず書房出版部)に経緯や同書の魅力を聞いてみた。

八島さんは1966年生まれ。当然、ロックファンである。

「この本の原著の最初の版は1979年に刊行されています。もともと私は学生のころから原書の存在を知っていて、1990年頃に池袋の山野楽器で原書を買ってからというもの、中古レコードやCDを買うための指針としてながく活用しておりました。

2008年頃からみすず書房で美術書の編集を担当するようになりました。

一読者としてこの『Rock Family Tree』を日本語で読みたいとかねがね考えていたので、ある程度本作りの実績ができたところで、思い切って企画を出しました。

硬めの人文書がメインのみすず書房では珍しいタイプの本ではあるのですが、ロック本を出す先輩編集者もいたのでそれに紛れるように企画が通った、ということでしょうか。

もっとも、作るのも売るのも苦労が予想されますので、営業部からは『こういうのは出したくない』とも言われましたが……」

この企画通過が2011年。今から10年以上も前のことだ。

東日本大震災が影響

刊行に時間がかかった理由の一つは、八島さんの実家が東日本大震災で被災したこともあったという。

「企画が通った翌月の2011年3月に震災が起きました。宮城の実家が津波で流され、家族を探すために何週間も現地に滞在し、避難所で寝泊まりしました。そこから約半年はロック本の編集どころではありませんでした。もちろん震災だけが刊行を遅らせた原因ではありません。私が日本語版編集の難しさをまったく想定していなかったのです。

原著を訳してテキストを流し込んでおしまい、と思っていたのが、デザイナーから現在のようなレイアウトにしたほうが良いという提案を受け、それを実現するのに時間がかかりました。本の魅力を増すためには必要とはいえ、観音開きのファミリー・ツリーを多数収めながら、その解説や注釈を読みやすく配すのには工夫も手間も必要になります。

翻訳そのものは1年もかからなかったのですが、内容的に著者ピートさんの主義主張が激しく、叙述も細かすぎることがわかりました。

日本人に伝わりにくいところがあるなどの問題を解決するために、新たに社外編集者をメンバーに加えてやり直すことにしました。

それが2013年頃です。

そこから編集方針を立てなおし、1枚ずつ校正とレイアウト修正を行い……という作業を進めていきました。その途中で、前半だけで400pになることもわかりました。

そこで、前半だけとりあえず出そうということになりました」


31枚のツリーが観音綴じで収められている

再校から校了まで7年

そう、実はこの分厚さ、重さを誇りながらも同書はまだ原著の前半に過ぎないのである。それでも編集作業は困難を極めた。

「新しく加わった外部編集者が訳注をつくり、それをまた訳者がチェックし、デザイナーがそれを修正するという途方もないスパイラルに陥り、2015年に再校が出てから校了になるまで7年もかかりました」

通常、再校から校了までは数週間程度で終わってもおかしくはない。入稿から刊行までの期間も、比較的ゆったり進めても数ヶ月で終わる。

再校から校了まで7年というのはかなり異例のことだと言っていい。

こうした手間、労力も反映していくと1万5000円という価格も必然ということだろうか。

「手間もかかりましたし、造本も特殊。初版も1000部と決して多くはありませんから、どうしてもある程度価格は高く設定せざるを得ませんでした。

ただ、ありがたいことに買ってくださった方は、

『そりゃこれくらいはするよね。よく出してくれたよ』

と言って理解を示してくださいます。

そういう方が日本に1000人くらいはいるのでは、と思っています。

原著自体、すでに入手困難なものになっていて、市場では古書が出てもすぐに売れる状況だと聞いています」


ツリーにびっしりと書き込まれたトリヴィアが日本語で読めるのが有難い

サブスク時代にこそ読んでほしい

長年の念願を叶えた八島さんに、本書への思いや魅力を改めて聞いてみた。

「私は昔からへそ曲がりだったので、周りが聴かない音楽を聴きたいと本書(原著)を活用してきました。おかげで誰も知らないアーティストの音楽にはずいぶんと触れてきた自負があります。何の自慢にもなりませんが。

この本には、そういう『知られざる人物』が多数掲載されています。

索引を見れば一目瞭然ですが、私ですら聞いたことのない人名ばかりです。

亡くなった人、ロックビジネスから離れた人、裏方に回った人、運にめぐまれず日の目を見なかった人、元々才能のなかった人……。

商業主義のなかで淘汰されていったミュージシャンがゴマンといた事実が、この本で明らかにされています。

『みんなが聴いているから』『売れているから』という理由でなく、人と人との出会い、一期一会のなかで奇跡的に生まれた音楽に、できるだけ触れたいという欲求が私にはあります。

サブスクであらゆる音源にアクセスできるこの時代に、本書を活用することで、それら未知の音楽に脚光を与えることができると思っています。

多くのロックファンにとっての読みどころといえばやはり3大ギタリスト(エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ)やリッチー・ブラックモアをめぐるツリーでしょうか。

あるいはフリートウッド・マックやCSN&Yあたりのツリーを見れば、こういう本がないと彼らのことを理解できないことがわかるはずです。

初期のグループで、一瞬登場してすぐ消えていくメンバーが、別のツリーで大御所バンドの主要メンバーとして活躍しているのを見つけ出した時には、どこかほほえましく、『お前、よかったな』と声をかけたくなります。

もちろんその音源も聴きたくなるし、そういうトリヴィアを誰かに話したくもなります。

私には大学生の娘がいて、同じように古いロックを聴いています。

彼女も本書を、一読者、一ロックファンとして喜んでくれました。

若い彼らに本書を手渡すことで、彼らなりのロック文化(日本特有の)を形成してもらいたい、などと、大それたことも考えたりします」

家宝とする人もいるのだろうか。いずれ、この本を読み継いだ人たちのツリーを作ることができるのかもしれない。

Book Bang編集部
2022年10月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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