ディズニーほか数々の企業とコラボする「ヘラルボニー」 “知的障害”を“可能性”に変えた双子の創業者が明かした光と影

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異彩を、放て。

『異彩を、放て。』

著者
松田 文登 [著]/松田 崇弥 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103548119
発売日
2022/10/19
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

異彩を放つ本は祝福に満ちている

[レビュアー] 岸田奈美(作家)


創業者・松田文登氏(左)と崇弥氏(右) 写真提供:株式会社ヘラルボニー

ディズニーとライセンス契約を結び、新コレクションを発表した注目のスタートアップ企業「ヘラルボニー」。10月19日から31日まで、阪急うめだ本店にてコレクションが開催中だ。

その創業者である松田文登と崇弥が、生い立ちから起業に至るまで、そして今後の展望も語った書籍『異彩を、放て。 「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』を刊行した。

「未来をつくっている」と自負する創業者の原点と未来予想図を明かした本作の読みどころを、ヘラルボニーのブラウスをユニホームにしている作家の岸田奈美さんが紹介する。

岸田奈美・評「異彩を放つ本は祝福に満ちている」

“祝い”と“呪い”は紙一重だ、と思う。わかりやすいのが名前だ。床に落とした枝豆を平気で食らうわたしは、名前に『美』という字が入っていることに引け目を感じていた。しかし、その字は両親がわたしの誕生を祝福し、盛大に込めた期待でもある。ポイッと捨てるわけにもいかない。

 本書は著者の松田文登さん・崇弥さんによる福祉とアートをかけあわせた会社『ヘラルボニー』の創業ストーリーだ。自閉症のお兄さんとの体験から生まれた彼らの事業は、まさに “祝い”を世界中へ送り続けている。

 障害のある人は、わたしたちが理解しがたい、不思議なこだわりを持つことが多い。同じ作業を執拗に繰り返す、脈絡のない言葉を発するなど。それゆえに社会に馴染めず、福祉施設で孤独な日々を送る人もいる。ヘラルボニーは、障害のある人が描いた作品が持つ鮮烈な生命力を信じ、バッグ、スカーフ、ワンピースといったあらゆる形で、その魅力を堂々と世に放っている。それはこれまで見過ごされてきた人生の肯定であり、命の祝福だ。

 ところが祝福は同時に、予想もしなかった“呪い”をも生み出してしまったのかもしれない。ヘラルボニーに作品が選ばれて喜ぶ人がいるということは、選ばれなくて苦しむ人もどこかにいる。誰もが素晴らしい絵を描けるわけじゃない。障害のある人すべての幸福をねらう福祉の理想は、光と影のジレンマにいつも揺れている。

 しかし、そんなジレンマを振り切るほど、本書は“祝い”に満ちている。松田兄弟が持つ純粋な熱意に突き動かされていく協力者、作品という魂を託す作家、立ちはだかる困難すらも彼らを愛さずにはいられないのだと思わせる。特に10ページにも渡って挿入された、ヘラルボニーに協力する美術館の板垣崇志さんの手記は圧巻だ。織りの言語、縄文杉、龍の妖獣……板垣さんがヘラルボニーを例える言葉の一つひとつに、渾身の祝福がこもっている。彼らならきっと、“呪い”を清々しいほどに次々と解き、絵を描ける人も、描けない人も、幸せに生きるという理想を実現してくれるのだと、信じたくなる読後感だ。そしてまた、自分も“呪い”を解くような“祝い”を、自分に送りたくなるという勇気ももらえる。

 どうしてもここでお伝えしたいエピソードがある。ヘラルボニーの協力を得て、わたしは昨年出版した本の装丁に、障害のある作家さんの素晴らしい絵を飾らせてもらった。作家さん、崇弥さんとわたしの三人で話していた時のことだ。突然、作家さんの口から、ものすごい話が飛び出た。

「僕には昔、東京に恋人がいたんです。僕のお金がなくなって、田舎に戻ることになったから、別れてしまったけど。あの時が人生で一番、幸せでした」

 知的障害のある彼が上京し、一生懸命働いて貯めたお金を、ホステスに騙し取られてしまったという顛末だった。ニコニコと微笑む彼を見て、わたしは切なさと怒りで胸が詰まり、かける言葉を迷ってしまった。ふと崇弥さんを見ると、彼はまったく動じず、呼応するように微笑んでいた。

「大恋愛ですねえ」

 相槌と感嘆のちょうど真ん中の声で、なんの迷いもなく、崇弥さんが言った。衝撃だった。福祉とは何か、障害とは何か、配慮とは何か、そんな定義を考えるまでもなく彼はただ、目の前の人へ深い敬意と友情を向けていた。人を、あるがままに、見る。それがどんなに難しいことか。わたしはずっと、崇弥さんのような人と出会いたかったのだ。ダウン症で障害のある弟が、彼のような良き友人に囲まれ、笑って暮らしている未来が浮かんで、涙が出そうになった。

 わたしはその瞬間から松田兄弟とヘラルボニーの選択を強く信頼しているが、本書を読むと、そんな彼らを育んだ環境や原風景がよくわかる。双子そろってヤンキーになるといったヒヤヒヤする場面も数あれど、彼らと出会い、本書に登場した人々のことを心から祝いたくなる。

 冒頭で名前の話をしたが、実は『ヘラルボニー』という命名の理由そのものが、まったく新しい答えをくれた。“祝い”も“呪い”も、全部をひっくるめて受け入れて笑ってしまえるような、未知のパワーを持っている理由だ。それはお兄さんが自由帳に書いていた言葉が『ヘラルボニー』だったという、ただ、それだけ。書いた本人に意味を聞いても「わかんなーい」と答えるし、これを目に留めて選んだ松田兄弟も「わかんなーい」と答えている。誰もわからないのだから、大げさな期待も、野望も、名前には何も込められていない。謎の輝きを放つ、眩しい希望だけが確かにある。彼らの魅力のすべてがそこに詰まっていると、わたしは思う。

新潮社
2022年10月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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