ゾンビ×海保×警察……映画を観るようなスリルを体験できる一冊 吉川英梨『感染捜査 黄血島決戦』

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感染捜査 黄血島決戦

『感染捜査 黄血島決戦』

著者
吉川英梨 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334915001
発売日
2022/11/24
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ゾンビ×海保×警察……映画を観るようなスリルを体験できる一冊 吉川英梨『感染捜査 黄血島決戦』

[レビュアー] 高島勝秀(ラジオパーソナリティ)

 警察小説を中心に活躍するミステリ作家の吉川英梨さんの第40作目は、ゾンビが登場する異色のサスペンス小説『感染捜査 黄血島決戦』。今回は、吉川さんの新作が出るたびに出演している人気ラジオ番組のパーソナリティの高島勝秀さんに、吉川英梨という作家と本作の魅力についてのコメントをお寄せいただきました。

 ***

 私が吉川英梨さんの作品を読むようになったのは、2020年5月に私がパーソナリティをつとめる調布FM83.8「ドリームワークス」(毎週火曜19:30-20:00)にご出演いただいたことがきっかけだった。その名の通り、夢のある仕事についている人たちを紹介する番組で、今ではたくさんの小説家にご登場いただいているが、当時はまだ2人目だった。ざっくばらんに質問をする私に、吉川さんが面白がって答えてくれて、以降、新作が出るたびに番組に来ていただいている。

 さて、吉川英梨さんの第40作目となる『感染捜査 黄血島決戦』は、人をゾンビ化させるウイルス壊滅のため太平洋の孤島・黄血島近海に沈めた〈ゾンビ船〉を引き上げるところから始まる。巨大な豪華客船のなかに閉じこもったまま生存し続けているゾンビたちを回収すべく、警察や海上保安庁、自衛隊などが参加する極秘プロジェクトが始まる。スケールの大きな舞台設定のもと、まるで映画のような壮大な情景と手に汗握るストーリーが展開されていく。

 本作の主人公の天城由羽は警察官。前作『感染捜査』では、人々をゾンビ化させてしまうウイルスを誕生させてしまったという罪に苛まれ、身を削る想いでウイルス壊滅のための任務を遂行した。本作では、同じ警察官のほとんどが殉職するなかで、自分は生き残るという罪をも背負うことになる。1人で背負うには重すぎる十字架を背負った由羽を、前作で共にゾンビと対峙した海上保安官の来栖光が支える。

 そしてゾンビ船の引き揚げで鍵となる特殊潜水技能を持った潜水士であり、由羽の父親でもある菊田も登場する。元警察官の彼は、疎遠だった娘が起こした事件に関わることで親としての責任を果たそうとする。

 一方の由羽は、由羽や弟の謙介、そして母に苦労をかけ、由羽の前から姿を消していた父に対して、すぐに心を許すことが出来ない。しかし、客船の引き揚げやゾンビと対峙するなかで、由羽と父親との向き合い方にも徐々に変化が生じる。この親子だからこそ直面すべき現実と、父親と娘という親子愛の温かさが、ストーリーの根幹をなしているといえるであろう。

 由羽と菊田という家族と並行して、2つの家族の絆が描かれる。1つは、沈没船の引き揚げのエキスパートである東出と、激戦地で戦争を体験した祖父との関係。もう1つは、ゾンビ化するウイルスに感染してしまった警察官の工藤と、その妻と幼い子供たち。それぞれの家族愛、そして葛藤しながらも解決せねばならない問題と対峙する彼らの姿勢に心が揺さぶられた。ゾンビという恐ろしいものと直面するなかで、身近である家族がどのような意味を成すのかが問われている。家族だから大事にしなければならない、だけど家族だからこそ果たさなければならない使命もあるのだ。

 本作は、吉川作品の「海蝶シリーズ」、そして『海の教場』と合わせて「海保(海上保安庁)三部作」である。いずれも海保がメインの舞台設定となっていて、海上保安官が多く登場する。「海蝶シリーズ」は、史上初の女性潜水士が主人公で、同じく潜水士である父と兄(同時に潜水士としては先輩にあたる)が中心となる物語だ。エキサイティングな状況下で、かつ心温まる感動的なストーリーが胸に迫る作品となっている。『海の教場』は、過去につながりの深かった、幼い男の子を持つシングルマザーとの再会をきっかけに、新たに家族を築く物語となっており、こちらも胸が熱くなる。それは、いずれの作品にも、家族の愛が根底にあるからである。海保三部作に限らず、吉川さんの全作品に言えるのは、どんな状況下においても「愛」が貫かれている。これは、吉川さんの全作品を読破してきた私が言いたいことである。

 私が吉川さんに番組にご出演いただく際には、作品についてのみならず、執筆時の吉川さんの状況や作品が生み出された背景などのお話もうかがっている。それらを知ることで、作品をもっと楽しめるような気がする。加えて番組内では、吉川さんが執筆中に聴いていた音楽も紹介している。ちなみに『感染捜査』発売直後の2021年6月にご出演いただいた際には取り上げたのは次の2曲だ。ゾンビといえば血まみれの真っ赤のイメージ、そして主人公が女性なので、SHOW-YAの「紅」。もう1曲は、まるでゾンビを背後に感じるような音楽という理由で「レクイエム:怒りの日」だった。こうした選曲のセンスも抜群で、番組パーソナリティとして吉川さんと出会ったが、今やサイン会に駆けつけるほどの「ファン」になっている。

 なぜそんなに吉川作品に惹かれるのか。それはミステリとしての面白さだけでなく、過去に犯した失敗や罪に苛まれるのではなく、そこから前を向いて進んでいく人間たちのドラマが必ずあるからだ。凄惨な殺人事件や過酷な現実が描かれていても、どこか救いや希望がある。先が分からない展開にハラハラドキドキさせられながらも、ふと心に迫る温かい想いで涙する。吉川作品には、いつだって感情の琴線に触れる映画を見たような読後感があるのだ。もちろん本作もである。

アップルシード・エージェンシー
2022年12月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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