「ヘリコプターで山を登った」はなぜヘンなのか?理工系でもハマる「言語沼」の魅力

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言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ 言語沼

『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ 言語沼』

著者
堀元見 [著]/水野太貴 [著]
出版社
あさ出版
ジャンル
語学/語学総記
ISBN
9784866673806
発売日
2023/04/07
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「ヘリコプターで山を登った」はなぜヘンなのか?理工系でもハマる「言語沼」の魅力

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ 言語沼』(堀元見、水野太貴 著、あさ出版)の共著者のひとりである水野太貴氏は、難読漢字や語源、文法、語彙などに広く関心を持ってきたという人物。大学での専攻は言語学で、知らないことばを見つけると、いまでも必ず辞書を引いてしまうほどの“言語オタク”なのだそうです。

そして、ひとりでも多くの人を“言語沼”に誘おうという思いからYouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」をスタート。2023年5月時点で登録者数は約19万人に到達しているようです。

なお、同チャンネルで聞き手を務める堀元見氏は、理工学部で情報工学を学んできたという経歴からも推測できるとおり、言語学とは無縁の生活を送ってきたのだといいます。しかし、いまや言語学の魅力にすっかりハマってしまったのだとか。

言語は、結論だけ分かるのに過程が分からない身近な証明問題の宝庫であり、言語の謎に向き合うことはフェルマーの最終定理に向き合うような一大ドラマである。(「プロローグ 言語の面白さは、フェルマーの最終定理と同じ」より)

水野氏がそう主張しているように、言語学に関する身近な問題を集約し、それらについての答えを解説したのが本書だということです。

言語研究のいいところは、題材が日常に満ちあふれているところだ。

数学の問題集を用意する必要もないし、難解な哲学書とにらめっこする必要もない。

ただ友だちとの何気ない会話に少しアンテナを立てたり、街で見た広告コピーをちょっと気に留めるだけでいいのだ。(「エピローグ〜話し手〜」より)

きょうは、格助詞「を」をテーマにした第6章「『を』沼」に目を向けてみましょう。

「ヘリコプターで山を登った」はなぜヘン?

・日曜日は高尾山に登った

・日曜日は高尾山を登った

(172ページより)

この2つを比較してみた場合、どちらが自然だと感じるでしょうか?

おそらく多くの方は、「に」を選ぶのではないかと思います。では、「に」と「を」の違いは? このことについて考えるにあたって質問者の水野氏は、以下の「○」の部分に入れるべきは「を」か「に」かと問いかけています。

・断崖絶壁○登った

(173ページより)

「『に』でも成立はするけど、『を』のほうがしっくりくる」と答えた堀元氏は、さらに「ハードな運動のときは『を』しか使えないんじゃないですか。高尾山はハードな山じゃないから『に』なんだ」と推測しています。

おそらく、“めちゃくちゃ大変なとき”は「を」で、ラクなときは「に」なのだろうと。

水野氏によれば、これは「いい線いってる」答えであるようです。とはいえ、そもそも「を」の意味がわかりにくいことも否定できないでしょう。水野氏によれば、「を」の意味は言語学者の手にすら余るテーマだそう。(172ページより)

6月に吹く風は?

ここで紹介されているのは、正岡子規による以下の句。

六月を奇麗な風の吹くことよ

(177ページより)

気づくのは、「を」の使い方。これは普通の用法ではなく、きわめて変則的だからです。少なくとも辞書には載っていないし、日常会話のデータを大量に集めても、こんな事例は出てこないと水野氏。

しかしそれでも不思議なことに、6月に吹き抜けた風の心地よさが伝わってきます。しかも、

六月に奇麗な風の吹くことよ

(178ページより)

と「に」に置き換えてみると、途端に味気ない印象になってしまいます。はたして、それはなぜなのでしょうか?

「を」が効果をもたらす理由について、堀元氏は「(「を」は)対象に強く働きかけてる感じがする」と指摘し、さらに「端から端まで」というニュアンスも関係あるかもしれないと推測しています。「街の端から端まで、長い距離を風が吹き抜けていく」という詩情を感じさせるのかもしれないと。

海を浮く破墨の島や梅実る

(192ページより)

2018年に岡田一実氏によって詠まれたこの句も、「を」の使い方が変則的。俳句の世界では現代においても、こうして変則的な「を」を効果的に用いているわけです。

この使い方は議論を生みもしたそうですが、なんとなく意味が伝わってはきます。そういう意味では、俳人たちは私たちの脳をうまく利用して、表現の限界に挑戦していると解釈できそうでもあります。

水野:「海に浮く」では表現しきれないニュアンスを、日本語的にはヘンな「海を浮く」にすることによって表現する。これってすごいことだと思いませんか。(192ページより)

たしかにそう考えてみるだけでも、“言語沼”の魅力が伝わってくるのではないでしょうか?(177ページより)

YouTubeの雰囲気を再現しようとしているためか、2者の会話口調で構成された本文は、解説を進めていくうえで必要のない「ボケとツッコミ」が過剰で、結果的に理解しづらくなっているのも事実。しかしそれでも、言語学へと続く扉としては役立ってくれるかもしれません。

Source: あさ出版

メディアジーン lifehacker
2023年5月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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