『天下人たちの文化戦略 科学の眼でみる桃山文化』北野信彦著(吉川弘文館)

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天下人たちの文化戦略

『天下人たちの文化戦略』

著者
北野 信彦 [著]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784642059664
発売日
2023/01/21
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『天下人たちの文化戦略 科学の眼でみる桃山文化』北野信彦著(吉川弘文館)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

豪華さ誇示「戦わず勝つ」

 織田信長や豊臣秀吉は、居城である安土城や大坂城に挨拶のため訪れた地方の諸大名とその使者たちに対し、家臣に命じて城内を案内させた。時には自ら案内することもあったようだ。豪華な構えに驚きを隠せない彼らを見て満足する。こうした行動は天下人の自慢と虚栄心のなせるわざと考えていたが、本当にそうだったのか、論証しにくい問題であった。

 本書では、天下人の絢爛(けんらん)たる城郭御殿や茶の湯に使う茶陶、武具、建物を彩る金碧(きんぺき)障壁画などを彼らの「文化戦略」の賜物(たまもの)であると論じている。文化戦略とは簡単に言えば「戦わずして勝つ」考え方であり、豊かな経済力を背景に、国内・海外の資源や科学技術を導入し、システマティックなモノづくりの方法を結集した「文化」の力で他を圧倒し、一般民衆の心も掴(つか)むという政治的指向のことである。

 著者の専門は文化財の保存修復科学。文化財を後世に伝えるためには、適切な保存修復が不可欠である。修復のためには、対象となるモノがどのような材料で作られているのかを知り、同じような素材を用いて補修する必要がある。そのために科学的な分析技術が駆使される。本書で紹介されるのは、蛍光X線・鉛同位体比・熱分解ガスクロマトグラフィー・断面構造観察・EPMA(高性能の元素分析)といった方法であり、塗料に含まれる成分や金箔(きんぱく)に含まれる金銀の純度などがわかってくる。

 これらの分析の結果、天下人たちは海外交易により得たモノを用いて具足や障壁画を制作させたことが明らかになった。また建物に塗られた朱漆の成分からは、豊臣期と徳川期の大規模社寺建築のあり方が異なることもわかった。

 自分たち人文系の研究者が、自然科学的手法によるめざましい分析成果にただ驚嘆するだけの時代は過ぎ去った。こうした成果が一般的な歴史叙述に活(い)かされる新たな段階に入っていることを本書は教えてくれる。

読売新聞
2023年5月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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